人口で中国を抜き、名目GDPで世界3位になろうとする大国、インドで5年に1度の総選挙が行われた。有権者は約9憶7000万人。“世界最大の総選挙”と言われている。
結果は3期目を狙うモディ首相率いる与党が勝った。しかし、選挙前に予想されていた“与党圧勝”には程遠く、連立の在り様によっては政権交代の可能性もある危うい結果だった。

実はインドでは“選挙に不正があった”とか“モディ首相の強権化が進んでいる”とか…、不穏な話が後を絶たない。巨大民主主義国家・インドの“今”に焦点を当てた。

「“独立後100年で先進国になる”って言った…。でもそれじゃ飯が食えない」

グローバルサウスの旗手として急成長を続けるインドだが、経済成長率8.2%という躍進の陰で“1%の富裕層が4割の資産を独占”“1人当たりのGDP世界180位”“15~24歳の失業率18%”など格差は広がり、これが今回政権与党の得票が伸びなかった原因の一つでもあった。インドをはじめとする南アジアの外交・政治を専門にする伊藤教授は言う…。

防衛大学校 伊藤融 教授
「モディは2047年までにインドを世界の先進国にすると選挙戦のスローガンにしてきた。2047年って中途半端に聞こえるかもしれないがインド独立が1947年。つまり“独立後100年で我々は先進国になる”って言ってた。でもそれじゃ飯が食えない。物価の高騰と高い失業率の中で、もっと地に足がついた生活の問題が(有権者の)争点だったんだと思います」

国民の大半を占める裕福ではない人々にとって日々の生活こそ選挙の争点だという考えには佐藤正久議員も大きく頷いた。

元外務副大臣 佐藤正久 参議院議員
「自民党が民主党に政権取られた時、当時の小沢民主党代表のキャッチフレーズ覚えてます?…“国民の生活が第一”。…これが響くんですよ。私の専門の外交や防衛は票にならないんです…」

「電子投票機って遠隔操作できるんじゃないか…」

今回のインド総選挙、不正な選挙だったという声が相次いでいるという。
選挙を運営する側は“世界最大の民主主義の祭典”と謳っている。そこでその祭典がどんなものなのか紐解いてみた。

インドの国土は日本の約9倍。そこに暮らす約9億7000万人の有権者全員に対応するため選挙期間は実に1か月半。投票所は過疎地や秘境を含め100万か所以上に及ぶ。中には有権者が1人しかいない森林にも投票所は設けられた。

投票方法は2004年から電子投票が採用され、投票ボタンには候補者の名前の他に顔写真と政党のシンボルマークが表示され、人口の4分の1ほどといわれる字が読めない有権者にも配慮している。

更に選挙管理委員会は不正を防ぐために“密告アプリ”を開発。国民にダウンロードしてもらい、現金の受け渡しなど不正と思われる現場を目撃したら撮影・録画・録音などを選管に送ってもらう。選管側はアプリのGPSで現場を特定、調査、摘発に臨むというものだ。密告した人には100分以内に選管から対応が連絡されるという。さすが民主主義の祭典という感じだ。それでも不正はある。

北部の州では選挙権のない17歳の少年が、与党候補に8回も投票する動画がSNSにアップされた。この少年は警察に拘束され、この地区の選挙は投票やり直しとなったが、野党側は電子投票への信頼性を問題視した。また、選挙直前に選管が辞任し、新任された2人が与党寄りの人間だとの憶測が飛び交った。

防衛大学校 伊藤融 教授
「今回は選挙のプロセスで野党のリーダーの一人であるデリーの州のトップが逮捕されるとか、野党の銀行口座が税金納めていないと言って凍結されるとか、野党への締め付けが強まる中で陰謀論的なんですが電子投票機って遠隔操作できるんじゃないかって話も…」

一方で、絶対と言われてきたモディ首相側がこれほど議席を減らしたという点で選挙は思いのほか公正に行われたのではないかと見るのはアメリカのシンクタンクでインドの安全保障を研究する長尾氏だ。

ハドソン研究所 長尾賢 研究員
「(実績からしてモディ首相の評価は悪くない)そこから見て議席大幅に減らしたのは公平にやったから減っちゃったんじゃないの…ということで、選挙のイメージそんなに悪くない(中略)ただモディ側は400議席取るって言ってた。でも取れなかったのは与党に過剰な自信があった。それは長く政権やっているうちにイエスマンばかりになってたんじゃないか…」

「(インドの)与党の国会議員にイスラム教徒が一人もいない」

長尾氏が“実績は悪くない”と評価していたモディ首相を日本にいるインド人はどう評価しているのだろう…。
東京在住のインド人の約3割が住む“リトルインディア”江戸川区西葛西で聞いた。

「モディ首相はインドにとって最高の指導者だ」(2か月前に来日)
「国を良い方向に導いている 殆どの場合インドにはよい変化がみられる」(2年前に来日)
「“メイク・イン・インディア”というブランドを持っていて(海外製品を)インドで作るブランドを始めた これでとても良い経済になりました」(10年前に来日)

江戸川インド人会 ジャグモハン・チャンドラニ会長
「(インド経済は)上がる。需要があって供給がある。人材がいる。世界中で働き手が少なくなるから作れるところに行くしかないの」

経済面での評価は高い。しかし、モディ首相によってインドが権威主義的な方向に進んでいることは間違いないと懸念する識者は少なくない。国際政治学が専門のナターシャ・コール教授は言う。

ウエストミンスター大学 ナターシャ・コール教授
「(インドは)ヒンドゥー教徒ばかりではない。でも与党の国会議員にイスラム教徒が一人もいないというのはどういうことか…。これは制度的にも政治家の使う言葉でも政策でも公的な行動のレベルでも…、今のインドの憎しみの常態化を物語っている(中略)モディ派は長年にわたってヒンドゥー教の草の根活動を行ってきた。インドは多様性の国で自信のアイデンティティをヒンドゥー教徒だとは認識していない人々もいるが、彼らにヒンドゥー教徒としてのアイデンティティを植え付けた。2014年(モディ政権誕生)以降、歴史修正主義的な現象を目の当たりにしており、インドが“ヒンドゥー国家”であるという考えが広がり、多くの問題が…」

モディ政権は反イスラム主義、ヒンドゥー国家思想を明確にしている。選挙演説でも「皆さんが苦労して得たお金が侵入者(イスラム教徒)の手に渡っていいのか?」と述べている。インドではヒンドゥー教が79.8%を占め、イスラム教は14.2%だ。

因みに人口が約14億人のインドでは14%と言っても2億人近い。にもかかわらず2019年にはイスラム教徒のみを除外する国籍法が成立。今年はイスラムのモスク跡にヒンドゥーの寺院を建設している。

そして、モディ首相の強権化は宗教面だけではない。野党の指導者を汚職にかかわったと逮捕するなど政敵への圧力…。モディ首相に批判的なドキュメンタリーを放送したBBCのインドオフィスに税務調査が入るなどの報道への圧力…。コール教授は言う。

ウエストミンスター大学 ナターシャ・コール教授
「習近平主席が中国を作り上げたようにモディ首相がインドを強い国、素晴らしい国にできるという言説が広まっている。…非常に恐ろしい」

一方で、モディ氏個人の人気は相変わらず高いと伊藤教授は言う。

防衛大学校 伊藤融 教授
「モディ首相は日本の政治家でいうと田中角栄と小泉純一郎を混ぜた感じ。苦学して地元の政治家から党首になった田中角栄のようなドラマが会って、小泉さんのような言葉遣いがうまい。若者のアンケートではモディが圧倒的に人気なんです。何が支持されているのかというと、その話術なんです」

初めて単独過半数が取れなかったモディ首相。果たしてこの後連立政権で強権の鎧を脱げるのだろうか。

(BS-TBS『報道1930』6月5日放送より)

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