小泉政権の中枢を担った重鎮たちの会合に呼ばれ“総理になるためには才能と努力と運が必要 努力の中には義理と人情が大事”と諭され“肝に銘じます”と答えたという石破茂氏。その2日後には総理総裁を目指すことについて“それを一切考えませんというのは私は自己否定になると思う”と述べている。ポスト岸田総理としての国民の期待も大きい石破氏は元防衛大臣でもあり、安全保障において確固たるビジョンを持つ。そこで安全保障に詳しい東京大学・小泉悠准教授とともに「この国のかたち」について議論した。
「合衆国の原潜をリースでいいから使ってみるべき」
今年の初め、プーチン大統領が言った
「あそこ(北方領土)はとても面白そうだ 私は残念ながら行ったことがない 必ず行く」
北方領土がとても面白そうとは一体…。実は近年ロシアは北方領土を含む極東地域に最新装備を配備する傾向にあるという。東京大学・小泉准教授は特に潜水艦に注目する。
東京大学先端科学技術センター 小泉悠 准教授
「カムチャッカ半島に2個潜水艦師団があります。第25潜水艦師団がいわゆる弾道ミサイル原潜を運用して、第10潜水艦師団が攻撃原潜を運用している。で、どうも3つ目の潜水艦師団をこのカムチャッカの港に置くんじゃないかって話が去年からちらちらある…。おそらく(ここに配備されるのが)水中工作部隊なんじゃないか。アメリカの水中センサーを探すとか、逆にロシアのセンサーを置きに行くとか、あとヨーロッパでたまに起こるよくわかんないパイプライン切断とか、海底ケーブル切断とか…」
海洋国家である日本の防衛において最も重要なものは“海”だ。小泉准教授も日本の戦略的優位は陸ではなく海。海さえ取られなければ大規模侵略を受けることはないという。
東京大学先端科学技術センター 小泉悠 准教授
「アメリカのジョン・ミアシャイマーという安全保障の先生が“水の制止力”とよく言われている。つまり国家の軍事力は大陸の中ではどこまでも広がっていくが、大きな水に直面するとそこで戦力投射能力が止まっちゃう。日本の周りには脅威となる国があるんだけれども、この水の制止力によってある程度隔てられている…」
だからこそ、日本は防衛力を高めるなら“海への重点投資”しかないと小泉准教授は言う。
そこで重要となるのが潜水艦だ。主要国の潜水艦戦力を列記すると…。
アメリカ64隻(うち原潜64隻)、イギリス10隻(うち原潜10隻)、ロシア65隻(うち原潜37隻)、中国61隻(うち原潜12隻)、そして日本23隻(原潜保有0)
日本のディーゼルエンジン潜水艦は非原潜の中では世界トップレベルの性能だというが、潜水時間、速度、静寂性などで原潜には到底及ばない。特にロシアの原潜は静寂性に秀でていて発見が難しい。海上自衛隊では原潜の必要性が明確に主張されているという。
これについて石破茂氏に聞いた。
自民党元幹事長 石破茂 衆議院議員
「私が農林大臣の時だから今から13年くらい前かな、船舶雑誌に“日本も原潜持つべき”って論文書いたことある。その考えは今も変わってません。原潜持った方がいいに決まってます。そうではあるんだが、随分前に「むつ」っていう(原子力)実検船作って失敗してますよね。それ以来原子力船に関する研究は止まっちゃった(中略)今、原潜1隻1000億くらい。で、1隻だけ持っててもしょうがない。1隻は修理、1隻は練習航海、実オペレーションに就くのは1隻。つまり実際に運用するには最低3隻いる。そうすると一体いくらかかるんですか…。机上の計算でもいいからしてみるべきだし、原潜を持った方がいいのか悪いのかの議論すら国会ではしないわけですよ。(中略)合衆国の原潜をリースでいいから使ってみるべき。だってそうやって習熟していかなきゃいけないわけでしょ。今、北朝鮮だって中国だってロシアだって専制独裁国家が核ミサイル持ってるわけですから…」
「この国には“安全保障基本法”っていうのはない」
もしも国会で原潜保有が議論されたとしても、その是非、その運用…すべて閣議決定で事が進むのだろうか…。イギリス、イタリアと共同開発する次期戦闘機の輸出をめぐっていわゆる武器輸出三原則が閣議決定で改定された。この重要な案件を法律化することなくその都度閣議決定、つまりその時の政権の方針で決まっていくのは今や日本の“慣習”になっている。
実は武器輸出三原則を法制化しようという案はあった。1970年公明党の正木良明議員が「日本は平和国家として武器は輸出しないのだと言うために『武器輸出禁止法』を作ろうというお考えはないかどうかお聞かせいただきたい」と時の佐藤栄作総理に問うた。だが、佐藤総理はこう答えている。
「武器輸出についての三原則、これで私は事足りておるように思います。もう一つ申し上げますが、何を武器というかこういう問題も一つあると思います…」
こうして法制化は見送られ、その後、その時々の閣議決定によって三原則は徐々に緩和されてきた。憲法学が専門の青井教授は言う…。
学習院大学 青井未帆 教授
「私は多分にこれ(法制化せず柔軟に対応してきたこと)は政治の胆力の問題なんじゃないかと思うのですけれども…(中略)(規則に)正当性を与える機関(=国会)をこのような形でショートカットするというのはどう考えてもよろしくありませんので、何らかの形で議論を立てていく必要がある…」
因みに武器輸出に関わるの法律としてアメリカには『武器輸出管理法』、イギリスには『2002年輸出管理法』、ドイツには『戦争兵器管理法』などがある。
『戦争物資法』を有するスイスのバーゼル大学、ゴッチェル教授は「閣議決定による安全保障政策の転換はスイスではありえない」と断言した。
そして、石破氏もまた法制化を提案する一人だ。
自民党元幹事長 石破茂 衆議院議員
「臨機応変といえば聞こえはいいが、どういう考えで(武器を)輸出するのかしないのかというような問題を、その場その場で決めていくというのは国家の在り方として決していいことだと私は思っていない。この国には50くらい“なんだかかんだか基本法”っていうのがあるんですよ。でも“安全保障基本法”っていうのはないんです、この国には…。非核三原則であるとか、専守防衛であるとか、武器輸出三原則であるとか…、法律でもないけど閣議決定でもない、でも国是ですよね。まぁ閣議決定したものもあるけど…。これは、我々がいつも政権を持っているとは限らない。ぜんぜん違う考えを持った政権ができることだって否定はしない。やっぱり法律っていうものを作って、そこへの過程でいろんな議論が行われた方が国家の在り方として正しいと私は思っています」
さらに石破氏は、佐藤総理の時代は東西冷戦期でバランスオブパワーが利いていて均衡が保たれていた時代だった。だが今は事情が違うという…。
自民党元幹事長 石破茂 衆議院議員
「アメリカの力が落ちてきた。ウクライナだって、ガザだって、底流にあるのはアメリカの力が落ちてきたことだからね。だからこれから先、世の中がややこしくなる。その中にあって…(中略)(高額な武器は)共同研究、共同開発、共同生産、共同使用していかないといけない。その時に“日本はこういう方針ですよ”ってきちんと法律で決まっていることは国際社会において大切なこと…」
小泉准教授も法制化には賛成だが、問題はその内容の難しさだという。
東京大学先端科学技術センター 小泉悠 准教授
「“一切武器を輸出してはいけない”って書けるんなら話は簡単だが、現実にはそうはならない。さっき佐藤総理が“何が武器なのか分からない”という(定義の問題を)60年前でさえ言っていたが、今もっとわからない。ソフトウエアであるとは、半導体がロシアにわたるとか…、色んなものがデュアルユース化していて軍事物質かどうか…(中略)考え抜いて法律を作る過程が日本としていい勉強になると思います」
石破×小泉 お互いに聞きたいこと
「どんな国であるべきかを考えることが安全保障」普段からこう言っている小泉悠准教授に石破元防衛大臣もうなずく。そしてお互いがそれぞれ聞いてみたいことがあるという。石破氏から小泉准教授にどうしても聞きたいこと…それはウクライナ戦争に終わりはあるのか、あるとしたらどうするのかだという。
東京大学先端科学技術センター 小泉悠 准教授
「今回侵略側が世界2位の核保有国であるということのために、みんな強制的に止めに行けない。考えてみればアメリカは、イスラエルのためにイランのミサイルを躊躇わず撃ちおとしているのに、それができないのは核を持っているから。しかし、日本の脅威になっている国はすべて核を持っているわけですよね。我々としては核を持っているから侵略されても残念、というわけにはいかないわけです。そこは知恵を絞らないといけない。(中略)この戦争を不正でない方法で終わらせるには、ロシアが物理的に思い通りこの戦争を遂行できないところまでウクライナを支援するしかないと思います。ロシアの思いはウクライナにロシア寄りの政権を立てたいということだが、ウクライナの戦場においてそれを達成しようとする目標、そこまではできないという能力をウクライナに与えることはできると思うし、それはしなければならない」
そして、小泉氏が防衛大臣をした石破氏に聞きたいこと。それは政治家としてどんな国を目指そうとしているのかという根本的な問いだった。
東京大学先端科学技術センター 小泉悠 准教授
「純粋に軍備から言えばアメリカが一番の脅威。しかし日本はアメリカと一緒にいるのは悪くないとして中国に対して抑止をはかる。安全保障は戦車の数だけでなく、どういう状態で生きたいのかビジョンの問題でもある。何を成し遂げようとして安保を考えるのか、元防衛大臣の石破さんにどんなビジョンを持っているのかお聞きしたい」
自民党元幹事長 石破茂 衆議院議員
「少しでも主権国家に近づきたいという思い。日本が少しでも独立国家として、自分の国の命運は自分たちで決められる国にしたい。安倍元総理にプーチンが本質を突くことを言ったことがある。北方領土を返したら米国の基地を絶対に置かないのか、突き付けられた安倍さんは黙ってしまった。絶対置かないと日米安保上言えないし、置くと言ったら交渉はつぶれる。自国の安保をほかの国に頼らねばならないというのは、独立国家とは言えないのではないか。すべては憲法の問題。9条なんです。憲法の議論をちゃんとしないと独立国家といえないのではないか。それをやるために政治家はいるのです」
これに対して小泉氏は日本の憲法は悪くないという立場を示した。
東京大学先端科学技術センター 小泉悠 准教授
「私は現行日本国憲法は割りといい憲法だと思っている。あの理念がきちんと実現できるというのが日本の目指す方向だと思っている。力で現状変更するようなことは我々もしないし、ほかの国にもさせない。基本的人権を守るとか、戦前の反省に基づいたあの憲法は良いものだと思っている。現状60点実現できていると思っていて、それが80点90点を目指して行く、それが私の考えるいい日本です」
(BS-TBS『報道1930』 5月21日放送より)
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