仙台市若林区のタクシー会社「キュットライフ」に勤める運転手の関昭夫さん(53)。後部座席にお客さんを乗せると、振り向いてA4判の案内カードを示す。「私は声帯手術をして声が出ません――」
関さんが声を失ったのは2023年12月。咽頭(いんとう)がんを取り除くため、声帯を摘出したからだ。それでも翌月には仕事に復帰し、今もフルタイムで運転手を続けている。その経緯について、関さんはスマートフォンに文字を打ち込みながら記者に教えてくれた。
がんが見つかったのは同年11月。半年ほど声のかすれやのどの違和感が続いたため、病院を受診して発覚した。声帯を残して胃ろうで栄養を取るという選択肢もあった。一方で、がんの再発リスクがある。「せめて食事は楽しみたい」とも思い、声を諦めることを決断した。
9年前にキュットライフに転職して始めたタクシー運転手。職場の環境や同僚たちに恵まれ、術後も仕事を続けたいと思った。しかし、「お客様と会話ができないのに運転手がつとまるのか」との不安は拭えない。
思い悩む関さんに、斎藤稔社長(56)は全面的なバックアップを約束した。まずは、こう記した乗客向けの案内カードを作った。「私は声帯手術をして声が出ません。耳は良く聴こえますので、行先・住所・経路など普通におっしゃってください」
また、手術前は夕方~未明だった勤務時間を、泥酔客への対応に困らないよう、3時間早めて設定。トラブルに備えて防犯ブザーや催涙スプレーを用意したほか、いざという時には近くにいる同僚のタクシーが駆けつける体制も整えた。
斎藤社長は語る。「うちの中では勤続年数が長く、優秀な社員。声が出ないという理由だけで仕事を諦めてほしくないし、ハンディを感じてもらいたくなかった」
関さん自身も筆談用のホワイトボードを用意し、スマホには文字を音声で読み上げてくれるアプリを入れた。今は、スマホに打ち込んだ文字をそのまま見せる方法が一番スムーズだと分かってきた。
手探りの状態は続いているが、トラブルなく運行できている。何よりの励みが、乗客からの理解ある声がけだ。
「不安はまだあるけど、お客様が『頑張って』と優しくしてくれる。自分ができることをこれからもこなしていきたい」。海外から来た乗客にも対応できるよう、英語の案内カードを作れないか斎藤社長と相談しているという。【土江洋範】
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