脳磁計とMRIを併用した水俣病の新たな検査手法について説明する中村政明医師=熊本県水俣市の国立水俣病総合研究センターで2024年4月25日午後2時10分、中村敦茂撮影

 5月1日で公式確認から68年となる水俣病。環境省が検討中の住民健康調査では、国立水俣病総合研究センター(国水研、熊本県水俣市)が開発した検査手法の利用が想定されているが、この手法は「水俣病を客観的に評価できる」とされる一方で、「被害者切り捨てに使われないか」と懸念する声もある。開発にあたった当事者は何を思うのか。

 検査手法は、国水研の中村政明臨床部長(医師)らが開発した。水俣病の中心的な症状である、手足などの「感覚障害」と、歩行障害などの「運動失調」に注目。脳磁計と磁気共鳴画像化装置(MRI)を併用してこれらの症状を評価する。

 感覚障害については、手足などに刺激を与えた際に脳の感覚野で発生する磁気の波形を脳磁計で測定。水俣病はメチル水銀による脳の損傷が原因とみられることから、波形に異常がみられればこの感覚障害が水俣病による可能性があると評価する。刺激を与えた際の本人の返答や反応で評価する従来の手法とは違い、主観が入らない。

国立水俣病総合研究センター=熊本県水俣市浜で2024年4月25日午後0時55分、中村敦茂撮影

 ただ脳磁計にも弱点がある。運動をつかさどる小脳で発生する磁気は頭蓋(ずがい)の外に到達せず、測定できないことだ。このため、運動失調の評価にはMRIを利用する。小脳の萎縮の有無を見ることで、運動失調が脳に起因するかどうかを評価する。中村医師は「水俣病の神経症候のうち大事な感覚障害と運動失調を、脳磁計とMRIを使うことで客観的に評価できるようになった」と意義を語る。

 これまでの研究で、水俣病の認定患者約30人を調べたところ、8割で異常が検知できた。一方で健常者約300人の調査でも1割程度の異常が見られた。まだ精度に限界はあると言えるが、中村医師は「通常の検査には耐えうる。検査した認定患者は自立して生活できている方が多く、重症者ではない方でも異常を見つけられている」と話す。

 2009年施行の水俣病被害者救済特別措置法は、国に水俣病発生地域や周辺での住民健康調査の速やかな実施と、その調査手法の開発を求めた。中村医師らの手法は環境省に認められ、同省は現在、この検査手法の利用を前提に健康調査の対象地域や対象者をどうするか、専門家による検討を続けている。

被害者団体「切り捨て」危惧

 一方、被害者団体が危惧するのが、この検査で異常がなかった人たちが、それを根拠に水俣病の認定審査ではじかれてしまう「切り捨て」だ。そもそもこの手法では2割が検知できないうえ、水俣病の症状は多様で未解明の領域もある。環境省特殊疾病対策室も「この検査だけで白黒の見分けはできない」と認めるが、懸念は拭い切れていない。

 中村医師自身も「(分かるのは)あくまでも検査上の可能性があるということ。ある地域で異常がたくさん見られるなら、その地域でメチル水銀汚染があった可能性はあると言えるかもしれないが、この検査結果のみで水俣病だというものではない」と強調する。

 一方で、中村医師はそうした限界を理解した上でなら、切り捨てとは逆の方向で認定審査に活用できるとも考えているという。例として認定が保留され、判断に迷っているケースを挙げ、「この検査で異常が見つかれば認定につながるかもしれない。切り捨てではなく、被害者を救い上げる方向で使える可能性がある」と言う。

 私見だとことわりつつ、検査手法開発の目標は「これまで救われていない方を救うこと」だとし、「僕も医者。決して切り捨てるために研究をやっているわけではない。この検査が参考になり、多くの救われるべき人が認定されればいいと思っている」と話した。【中村敦茂】

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