顔に明るさを出すピンクのチーク、華やかなオレンジ色のアイシャドー。化粧は「ご法度」とされてきた塀の中で不定期に開かれるメークアップ講座がある。開催場所は九州唯一となる女性受刑者向けの収容施設「麓刑務所」(佐賀県鳥栖市、収容定員302人)。出所後の社会復帰に向け、ビジネスマナーを学んでもらうのが狙いで、6月で導入から1年を迎える。担当者がメーク技術に乗せて届けるのは「自分を信じ、前を向いてほしい」との強い願いだ。
「眉毛、太くないですか? 星飛雄馬(野球漫画『巨人の星』の主人公)みたい」
「きれいだよ。細すぎるとキツく見えるから、少し太めの方が良いよ」
3月上旬、暖房の利いた麓刑務所の小会議室に女性3人の華やいだ声が響いた。「就職活動は第一印象が大事。好感を持ってもらえるように身だしなみを整えましょう」。同刑務所の就労支援専門官、堀内由美さん(56)と支援スタッフの何川由美子さん(55)に勧められ、オレンジ系のアイシャドーを手に取った女性受刑者(52)は、顔のイラストに色をのせて発色を確かめた。
机に広げられた化粧品は、出所後も購入しやすいよう、手ごろな価格帯のものばかりだ。シミを隠すコンシーラー、アイシャドーの重ね方。和やかな雰囲気でメーク指導は続き、最後に淡いピンクの口紅をさし、約1時間の講座を終えた。
開かれていたのは、仮釈放を控えた女性受刑者向けにビジネスメーク術を教える講座。就労支援策の一環で受刑者に社会生活に適した身だしなみを学んでもらい、「自信をつけて社会復帰してほしい」との思いから2023年6月にスタートした。対象は、おおむね1年以内に仮釈放や満期出所を予定し、就労意識の高い受刑者。職員が声をかけ、受講が決まれば月に1~2回ほど開催しており、今年3月末までに30~50代の女性受刑者10人が受講した。
仮釈放の時期がそれぞれ異なることもあり、講座に参加する受刑者は毎回1人ずつだ。この日に受けた女性受刑者は20代の頃から覚醒剤使用事件などで繰り返し逮捕され、刑務所に入るのは今回で3回目。仮釈放を2日後に控え、受講したという。
受講後、女性受刑者は東京に本社を置く介護サービス会社のオンライン就職面接を受けた。面接後は「画面に映る自分の姿が普段と違って格好良かった。過去の派手なメークと違い、話し方さえ間違えなければ採用されるかもって前向きな気持ちになれた」と笑みをこぼし、手応えを感じていた。
「受刑者の中には自分自身を大切にできていない人も多い。自分をいたわり、自信を取り戻すという意味でもメークの効果は大きい」。講座の導入を発案した同刑務所の元処遇部長、村崎有さん(50)=4月1日付で西日本成人矯正医療センターに異動=は語る。同種の取り組みは北海道内の札幌刑務支所に続き、全国2例目だという。
獄中生活では原則、女性受刑者も化粧をすることはできない。法務省は訓令で刑務所内に持ち込める物品を指定。化粧水や乳液、日焼け止めなど一部を除き、化粧道具の持ち込みは認められていない。その理由について、同省矯正局の担当者は「受刑生活では化粧を必要とする場面が想定されない」と回答。関係者によると、化粧で人相が変われば人定が難しくなり、逃亡の恐れがあることも背景にあるという。
一方、矯正施設の現場からは、受刑者がメークを含めたビジネスマナーを習得することは円滑な社会復帰につながるとの期待の声も出ていた。村崎さんによると、これまでは受刑者が企業の採用面接に臨んでも、社会常識が不足していたり、時や場所に応じた服装ができなかったりするケースが少なくなかったからだ。
刑務所を出所しても就職先が見つからず、生活が安定しない元受刑者は再犯に及ぶリスクが高まる。再犯者率(検挙された刑法犯のうち再犯者が占める割合)は近年、40%台後半で高止まりしており、刑務所での再犯防止の取り組みが重要となっている。
政府は23年度からの5年間を実施期間とする「第2次再犯防止推進計画」で、受刑者らの就労・居住の確保や、受刑者の特性に応じた効果的な指導を重点課題に盛り込んだ。麓刑務所では村崎さんを中心に就労支援に向けて検討を重ね、メーク講座の導入を決めたという。
村崎さんは「メークそのものが直ちに再犯防止につながるかというと難しい」としつつ、「受刑者の気持ちが前向きになることは大事だ」と話し、今後の効果に期待する。メーク講座の担当者たちも「化粧の時間を通じて、心を開いてもらえていると感じる。表情が明るくなり、前向きな言葉が増える姿にこちらもうれしくなる」と手応えを感じている。麓刑務所では今後、他のビジネスマナーの講習も導入を検討するとしている。【河慧琳】
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