「謝る=負ける=死ぬ。だから絶対に謝らない」「謝ったら死ぬ病にかかっている奴が多い」。今、SNS上で「ごめんなさい」が言えない大人が増えているという声が度々見られる。謝れない理由は人それぞれだが、仮に相手の怒りを買ったとしても、それが「謝ってしまうと間違っていたことと認めてしまうことになる」「ミスは誰だってあるし僕だってする(だから謝らなくてもいい)」と、信念を持って謝らない人もいるという。
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精神科医のTomyさんは「一言で言えば未熟な人。自分は悪くないということで自分の心の均衡を保とうとすると、物事は何も解決しないし、自分としても新たな発見、成長がないまま過ぎてしまう」と警告するが、ごめんなさいが言えない人の特徴とは。『ABEMA Prime』では、Tomyさんと、謝ることができない当事者を招き考えた。
■謝らない人の「防衛機制」とは
心から謝罪をしたことがないという大学生のユウヤさんの言い分は、主に3つだ。「本当に悪いと思うことをしたことがない」「本当に悪いとは思っていないので謝るのは変」「すみませんばかりいう人にはなりたくない」。道端で人とぶつかろうとも、待ち合わせの約束を忘れてすっぽかそうとも、それは互いにあることだという考え方。求められれば形式上、謝罪はするし、物を壊したとしたら弁償もする。ただし、本音のところで謝っているかと言えばそうでもなく「謝って許されるというのが、よくわからない」と述べる。
Tomyさんは、このユウヤさんのケースを「ピュアな感じ。子どもが、僕は悪いことをしていないと言っている、あの謝らない感じに似ている。そのピュアなものを大事にして、ここまで来られているのかなと思う」と表現した。
「謝らない」という行動に至る上では「防衛機制」というものが働くことがあるという。防衛機制とは、危険や困難に直面した場合や、受け入れがたい苦痛・状況にさらされた場合に、不安や体験を減弱させるために無意識に作用する心理的なメカニズムを指す。「謝る」という行動が当人にとって過度なストレスになる場合、この防衛機制が働いて、謝罪行動を回避することがある。Tomyさんは「防衛機制という考え方は、精神分析で昔から使われている言葉。自分が感じている気持ちをそのまま認めてしまうと落ち着かない、気分が悪いとなってしまう時に、自分の気持ちを加工して、その気持ちは自分にないことにする。未熟な防衛機制もあれば、成熟した大人でも自分のコンプレックスを何とかするためにスポーツに打ち込む、文学に変えるなどがあり、レベルの低いものから高いものまである」と解説した。
■ひとまず謝るべき?ひろゆき氏「謝らないラインを作るべき」
自分の気持ちを守るために謝らないことがあるとされる中、日本人は“謝りすぎ”とも言われる。ある調査では、悪いと思っていなくてもとりあえず謝る人の割合が、44.7%にもなった。タレント・ジャーナリストのたかまつななは「私は謝るタイプ」だという。「謝ることで関係性が良くなる。もちろん自分の信条に反することでは謝れない時もあるが、相手のこだわりの範囲内なら『すみません』と言う。友だちが『悪くなくても謝ると得だよ』と教えてくれたことがあった。相手がミーティングを忘れていたとして、こっちが『リマインドしてなくてすみません』と言えば、相手の顔も立ててあげられるし、向こうも気持ちよく仕事できるよと言われて、そういうスキルもあるのかと思うようになった」。
一方で、ひろゆき氏は謝らないことの重要性を説いた。「例えば仕事で納品した商品に関してクレームが来た時、謝ったらそれは商品に対して値下げをするとか直すという何らかしらの対価が発生する。なので、これは正しい、うちの商品はこういうものですという、謝るべきではないところのラインは仕事の中で作らなきゃいけない。クレームが来たらとりあえず謝るみたいな、ふわふわしたことをやっていると、それなりの責任のある立場で会社を動かすことができなくなる」と、まずは謝るという選択を取ることでの不利益を指摘した。さらには「日本人特有の防衛機制もある気がする。アフリカでも東南アジアでも遅刻して怒る人はいない。価値観は人によって違うから『この人はこう考えるのだから、謝らなくていいんじゃない』で終わるべき。とりあえず口先だけ謝っておいた方が円滑な時もあるが、仕事では正しいことを追求しなきゃいけない」とも加えていた。
(『ABEMA Prime』より)
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