金に困り闇バイトに応募し10件ほどの特殊詐欺を繰り返して懲役4年半の刑に服している20代前半の受刑者A。被害総額は3000万円を超える。10代の頃にも特殊詐欺未遂で少年院送致された。刑務所は今回が初めてだ。
高校を中退し家を飛び出し親とも疎遠になっていたが、ある突然の出来事から気づけたことがあったという。
「自分が本当に思っていた親に対しての気持ちに気づけたんです。今までは親がいけなかったから自分がこうなったんだと思っていましたが、やっぱり違うんだと。今までいろんな葛藤を抱えていたことに気づけました」服役して1年、塀の中で“居場所”を探し求める受刑者Aの変化。そして多くの特殊詐欺犯を抱える少年刑務所が始めた新たな試みについてお伝えしたい。
(テレビ朝日報道局デスク 清田 浩司)
■グループ作り目標設定 個別担任制できめ細かく指導
441億2000万円――。2023年に全国で起きた特殊詐欺の被害総額(警察庁2月発表の暫定値)である。前年比約2割増、70億円以上も増えてしまった。認知件数も1万9033件と前年より1463件増加した。依然として高齢者らが深刻な被害を受けている実態を忘れてはならない。
この記事の写真は10枚 川越少年刑務所では新しい取り組みが始まっていた(写真は筆者)今回取材した川越少年刑務所は26歳未満で犯罪傾向が進んでいない刑期10年未満の男性受刑者を収容しているが、取材時、その約4割が特殊詐欺犯だと説明を受けた。
こうした若い受刑者が服役する川越少年刑務所では、一昨年から新しい試みが始まった。個別指導が必要とされた20歳前後の受刑者20人ほどが2つの小グループを作り、よりきめの細かい指導を目指す「若年受刑者ユニット型処遇」と呼ばれるものだ。
個別担任制が導入され、月1回の面接のほか、毎日、日記を書いて担任とやりとりもする。目標を立ててグループでホームルームを開きディスカッションをするほか、日記、面接などを通じ目標達成状況についての評定も行う。これは少年院のノウハウを活かしたもので、こうした処遇が行われているのは男子刑務所では川越だけだ。
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■「詐欺グループからほめられ嬉しかった」■「詐欺グループからほめられ嬉しかった」
月に1度の担任との面接で犯行経緯を聞かれる闇バイトから特殊詐欺に手を染め服役する受刑者Aと担任との面接を実際、見ることができた。
担任が受刑者Aに犯行を繰り返してしまった経緯を質す。
「詐欺でお金が得られ自分の居場所も得られるということが分かったから歯止めがかからず続けてしまった感じ?」 「そうですね、詐欺グループからかなりほめてもらったんです。いいねとか。やっていることは実際よくないんですけど、当時の自分からすれば自分を認めてもらえているのが素直にうれしかったんです。そういうふうに居場所を求めた結果がこうなってしまったのかなと」こうした光景は確かに少年院のようだ。やりとりを聞いていると問題の根深さが見えてくる。受刑者Aは多額の報酬を得て大金を持ちこんな気持ちになったという。
「やんちゃしていた友達とまた会ったんです。昔はお金なかったけど、お金を持って一緒に遊ぶようになったら楽しくて。お金持ってるだけで、この子たちの輪に、またこうやって入れるんだと思いました。仕事をしていかなければいけないというのではなく、もうこれでいいじゃん、となってしまいました」 「詐欺グループは仮の居場所だった」と語る面接後、私は「居場所」という言葉に引っ掛かり受刑者Aに問い質した。
「詐欺グループが居場所となり、初めて承認欲求も満たされたということなんですか?」
「難しい話なんですけど、自分の居場所というのは親しかない、親といることが自分の居場所だと思っていました。でもその気持ちが親と分かりあえていない。なんで俺はこれだけ親のこと考えているのに分かってくれないんだろう。何で認めてくれないんだろうという気持ちが奥深くにありました。その不安定な自分を隠すため応急措置でとりあえず認めてくれる人が欲しい。仮の居場所を作っていたのかなと思います」次のページは
■「形にして自分ができることをしないと償いにならない」■「形にして自分ができることをしないと償いにならない」
昼食は同じグループで一緒に食べる服役して1年ほどが経った受刑者A。面接で被害者への思いについて担任から質された。
「多くの被害者を生んでしまったと思うけど、当時思っていたことと今、被害者に対する思いで服役して変化したことありますか?」 「犯行をしてる時は特に被害者を意識することはありませんでした。去年、川越少年刑務所に来てから先生と面接も重ねていく中で、自分がこうして考えている間も被害者の方は苦しんでいて忘れようとしているかもしれないし、忘れられていないかもしれません。自分は今、縛られている生活だけれども、衣食住がそろっているとか、そう考えた時に被害者の方が今、どんな生活しているんだろうとか、今、お金を返すことはできないけど他にやれることがあるんじゃないかとか、申し訳なかっただけで済ましてはいけない、何か形にして自分ができることをやっていかないと、それは償いにもならないと考えるようになりました」担任は面接の意味をこう説明した。
「被害者に対する謝罪や弁済は受刑生活だけではなく、ずっと続く課題で終わりがありません。嫌なことや困ったことがあった時に逃げるのではなく相談して対処していく、そこでどう乗り越えていくのかを常に考えてもらい、一緒に向き合って進めているところです」■自分の気持ちを人前で話すことで自らを見つめる
受刑者20人ほどでグループディスカッションが行われる新たな試みの1つグループディスカッション、この日は「自分を大切にすることと人間関係」をテーマに20人ほどの受刑者が参加し活発な議論となった。まず受刑者がテキストを朗読する。
「自分に対しては大切にしようと考えていくことが大切です。こういった考えを身に着けるために例えば1日1回自分をほめるように取り組むことも効果的でしょう」
職員が質問する。
「人によってはね、こういう風に意識して1日1回、自分をほめるみたいなことをやっている人もいると思いますが、そんなことやっているって人いますか?」受刑者Aがさっと手を上げる。
「自分はノートとか使い分けているんですけど、1個はいいことしか書かない、もう1個はもう何かたまってきたら、そっちにばあっと書いている雑記帳と使い分けています」塀の中で“刑罰”を受ける身…。こうして自分の思うことを人前で発言することも更生に向けて大切なことだと感じられた。
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■特殊詐欺担当の警察官が「困ったら通報、相談して」■特殊詐欺担当の警察官が「困ったら通報、相談して」
また特殊詐欺事件を担当する埼玉県警生活安全部の警察官が受刑者を指導するという珍しい光景も取材できた。受講したのは5人の受刑者、かつては逃げ回っていた相手と席を同じくするというのは一体どういう心持なのだろうかと思ってしまう。
警察官はこう呼び掛けた。
「出所後また特殊詐欺をやらないかと誘引が結構来ます。万が一、そういった誘引があった場合は絶対にのらないようにしてください。脅されるようなことがあったら必ず警察に通報して相談してください。もし友人から誘われたら断れますか?」 「断るというか縁をきりますね。」受刑者は自信を持って答える。警察官はさらに繰り返す。
「もし困ったことがあったら警察に通報、相談してください。あんまり警察って信用できないですか?」受刑者は「そんなことないです」と否定すると警察官はさらに
「中には警察に対していいイメージないという方もいますので相談しづらい、もしくはしたくないという人も中にはいらっしゃるかもしれませんが、とにかく困った時は警察に相談してください」警察もいい意味で変わってきたと実感できる瞬間であった。特殊詐欺撲滅に向けて警察と刑務所が連携するというのも意義深いと思う。
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■突然の母の面会きっかけに自分の「居場所」探り始める■突然の母の面会きっかけに自分の「居場所」探り始める
突然の母の面会に心臓が止まりそうになったという「親が認めてくれない」と話していた受刑者A。1カ月ほどたち、再び話を聴くことができた。
「前回の取材から1カ月たちましたが何か変化ありましたか?」
「そうですね、まあこれ…いいかな…」受刑者Aは迷いながらも、驚きの出来事を話してくれた。
「前回、親の話をしたと思うんですけど、運命か分からないですけど、母親が1年半ぶりくらいに面会に突然来たんです」知人が来たと思い面会室に行くと疎遠になっていた母親がいたので心臓が止まりそうになったという。
「何だろうなと話を聞いていたら、手術をすると言うんです。急遽、手術の期日が2週間くらい延びたから、これは会いに行けということなのかなと思って来たと言われて…」母親から生きるか死ぬかの話もされ、動転し何の手術かも聞き忘れたと話す。人間関係に悩み高校を中退してから家に帰っていなかったという受刑者A。いきなりの訪問に母親に対して辛く当たってしまったが、今まで気づけていなかったことが分かったという。
「自分が本当に思っていた親に対しての気持ちに気づけたんです。今までは親がいけなかったから自分がこうなったんだとか思っていましたが、やっぱり違うんだと。親のことは好きだし、でもその中で自分のことは分かって欲しいとか今までいろんな葛藤を抱えていたことに気づけました」面会後、情緒不安定になったものの今は前向きに考えられているようだ。
「結構、面会で厳しいこと言ってしまったので、もしそれが最後になると考えたら少し後悔かなとか、でもこれでよかったのかなとか考えると自分が受刑者としてどういう姿勢で生活するべきなのか考えるきっかけになりました」親に対する本当の思い。社会復帰後の生活についても考えに変化があるという。
「自分って、このまま親元を離れて生活していていいのかなとか、もう少しせめて近い所に帰ることにして自分の基盤を作っていくのもいいかなとか、少しずつそういうふうに考えるようになりました」自分の本当の「居場所」がどこなのか、これからも考え続けて欲しいと切に願う。
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