市長選で掲げた公約「1世帯10万円の現金給付」は選挙買収ではないのか――。徳島県阿南市の岩佐義弘市長が市費25億円で全世帯に実施した現金給付は違法だとして、同市の市議らが5日、岩佐市長個人に25億円の損害賠償を求める住民訴訟を徳島地裁に起こした。現金給付を約束する選挙公約は過去、全国各地で問題視されてきたが、司法に判断を求めるのは今回が初めて。
岩佐氏は2023年11月の市長選で、物価高騰対策として「市内全世帯への一律10万円給付」の公約を掲げて初当選し、24年3月、市の財政調整基金から25億円を取り崩して給付を実施した。市民から「露骨な選挙買収だ」などと批判があり、岩佐氏は取り崩す直前の2月、毎日新聞の取材に「批判は承知しているが、物価高騰で困っている人がいるのは事実だ」と話していた。
財政調整基金は、災害時など緊急の出費に備え毎年一定額を積み立てる貯金のようなものだ。地方財政の健全性を保つために地方財政法が積み立てを義務づけ、取り崩しを制限している。基金について阿南市の条例は「緊急に実施する必要がある大規模な土木や建設事業など必要やむを得ない理由で生じた経費の財源に充てる」などと規定し、取り崩しに緊急性と支出自体の合理性という二つのハードルを課す。
市民の批判を踏まえ水谷あゆみ市議らが6月、現金給付は地方財政法などに抵触するとして、岩佐氏に25億円の賠償(市への返還)を求める住民監査請求を行ったが、同市監査委員は請求を棄却。これを不服として訴訟に踏み切った。
市議らは訴状で、国は23年度末、低所得世帯を対象に1世帯当たり7万~10万円を給付する物価高対策を実施しており、これを超える対策を市が行う緊急性はないと主張。さらに市の給付は国の給付に上乗せして一律10万円にそろえるもので、25億円の大半は物価高の影響があまり深刻ではない所得の高い世帯へ流れ、支出の合理性はないとしている。
一方、岩佐氏は当選直後に「新型コロナ禍から続く物価高騰で、市民生活は本当に苦しい。市民の今を守りたい」と給付の意義を強調した。裁判では、物価高騰対策として実施された現金給付に緊急性、合理性があるのかが争われる。
阿南市は直近2020年の国勢調査で人口6万9470人、2万7439世帯。
自治体首長選で現金給付公約が登場するのは20年の新型コロナ感染拡大以降だ。
同年5月の神奈川県小田原市長選では、守屋輝彦氏が選挙公報に「ひとり10万円」と記載して初当選。その後「国の特別定額給付金を執行するという意味だった」と釈明し、批判を浴びた。同年10月の愛知県岡崎市長選では、中根康浩氏が1人5万円の現金給付を公約に初当選したが、議会の反対で断念。市民から公職選挙法違反(買収申し込み)で刑事告発された。一方、23年6月の北海道美唄市長選では、桜井恒氏が1人1万円の現金給付を掲げて初当選し、就任後に満額実施した。【井上英介】
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