能登半島地震で大きな被害が出た石川県で、全壊家屋などの公費解体が進んでいない。県内16市町が実施する方針だが、2次災害の恐れがあるなど緊急性が高い建物を除き、解体工事が始まったのは2町にとどまる。県の推計では、公費解体は2万2000棟に上る見通しで、損壊した自宅の整理にめどがつかない被災者は、落胆を深めている。
「家が道路を塞いで心苦しい」
「これ以上、倒壊した家が道路を塞いで迷惑をかけるのは心苦しい。早く解体してほしい」。3月末、同県珠洲(すず)市の会社員、辻雅和さん(56)は全壊した自宅を前にこう訴えた。
元日の地震で木造2階建ての1階部分が押し潰され、車も下敷きになった。家族3人で地元の避難所から富山市に避難したが、2月中旬に母久子さん(80)と戻り、珠洲市の仮設住宅に身を寄せている。2階にあった貴重品や写真などは取り出したが、1階部分は手つかず。市に公費解体を申請したが、作業時期は未定だ。久子さんは「家の様子を見に来るたびに、だんだん壊れているように感じる。壊れた家は見たくない。だけど、やっぱり気になって見に来てしまう」と悲しそうな顔を見せる。
あきらめ顔の被災者も
同県輪島市の電気工事業の60代男性は、自宅が大規模半壊と判断され、近所の集会所に避難した。市内には傾いたり崩れたりした建物が多く、「なかなか順番は回ってこないと思う」とあきらめ顔だ。
自治体が被災した建物の解体・撤去を支援する公費解体は、半壊以上と判定された家屋などが対象。罹災(りさい)証明書などを自治体に提出して申請し、書類審査や申請者が立ち会う現地確認調査を経て、作業に着手する。16市町はすでに申請受け付けを始めた。
遅れる要因は?
環境省によると、被害の大きい県北部の輪島、珠洲両市と能登、穴水両町では4月9日時点で1952件の申請があった。道路を塞ぐものや、2次災害を引き起こす危険性がある建物は緊急で公費解体が実施される。緊急解体は県内5市町の147件で実施している。ただ、通常の公費解体作業が始まっているのは、能登、穴水の2町だけだ。
遅れの一因として、必要な審査などを担う行政のマンパワー不足が挙げられる。1万4816棟(16日現在)の家屋被害が出た輪島市は2月に緊急解体、4月1日に通常の公費解体の受け付けを始めた。国や他の自治体から派遣された職員も動員して、ようやく受け付けられるようになったという。解体工事が始まっている能登町の担当者も「事務手続きを進める段階でマンパワー不足を感じる」と話す。県などから3人の応援職員が来たが、要望数には足りていない。
さらに、手続き自体が煩雑という面もある。登記上の所有者が死亡している場合など、状況次第で必要書類は増える。県司法書士会は「地方の古い家は相続登記がなされず、何代も前の人の名義になったままのケースもある」と説明する。
県災害対策本部の会議でも、被災地の首長から「工程や手続きが複雑で誰がどこで頑張れば早くなるのか分からない」(吉村光輝・穴水町長)「わかりやすいガイドラインをつくって」(茶谷義隆・七尾市長)といった要望が相次いだ。
過去の災害でも同じ事が
同様の状況は、過去の災害でも問題化した。2016年の熊本地震で約4万3000棟が全半壊した熊本県では、地震後2年8カ月で3万5675棟が公費解体された。だが、マンパワー不足などで、早い自治体でも解体開始は地震後2カ月以上たってから。半年後でも、解体されたのは申請棟数(約2万2000棟)の3割にとどまった。
現場では、原則公費適用外の衣類や本などの災害ごみの処理も課題となった。自力で対処できない高齢の被災者も多く、ボランティアに手伝ってもらったり、住人が別途、解体業者と契約して片付けてもらったりしたという。
熊本などの事例を踏まえ、環境省は災害廃棄物処理に関する業務経験がある自治体職員を登録する「災害廃棄物処理支援員制度」を活用。3月末時点で公費解体を含む「損壊家屋」に登録する26人が石川県に入った。また、県構造物解体協会の協力で北陸地方の解体業者を手配しており、4月は100班、5月には500~600班が現場で作業に当たる見通しだ。
一方、県は2月に災害廃棄物処理実行計画を策定し、5万棟を超える見込みの被害家屋のうち、公費解体の対象は約2万2000棟と推定した。25年10月末をめどに解体を終える計画で、馳浩知事は4月18日の記者会見で「解体事業者の宿泊所の確保など県としてバックアップする」と話した。【深尾昭寛、柴山雄太、井上元宏】
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