「両親の借金を返済したい」。マッチングアプリで出会った男からの願いを聞き、振り込んだ額は約1600万円に上った。直接会ったこともない。付き合ってもいない。「なぜ信じてしまったのか。あほなことをした」。ロマンス詐欺の被害に遭い、預貯金を全て失った30代の女性は語った。
2022年末、交際相手と別れて気が沈んでいたころ、マッチングアプリを再開した。「いいね」をくれたのが黒野輝紀被告(27)=詐欺罪で起訴=だった。無料通話アプリ「LINE(ライン)」で電話をしたり、メッセージを送りあったり。おだやかな話し方にひかれ、次第に好意を抱くようになった。
「ボーナスを入れた封筒がなくなった」。知り合って数週間後に黒野被告からメッセージが届いた。今まで人に金を貸したことは一度もなかったが、「少しでも助けになるなら」と数万円振り込んだ。
その後、黒野被告から「亡くなった両親の借金返済をするためにお金が必要だ」と明かされた。「必ず返す」という言葉を信じ、催促される度に口座に現金を振り込んだ。しかし、返してくれる様子は一向に見えなかった。
LINEでの何気ない会話は、いつの間にか金の話だけになった。「もう貸せない」と言えば「貸してくれなかったら死ぬ」「消費者金融に借りて」。将来のための貯金はまもなく底をついた。近くに住む両親には「生活が苦しい」とうそをついて数万円借りた。何度も詐欺を疑ったが、いつかは返ってくるだろうと黒野被告の言葉を信じ続けた。
電話は昼夜を問わずかかってきた。次第に「金を貸してくれないなら実家や仕事場に行って巻き込むから」と脅されるように。自分も家族も危害を加えられないかという不安から、誰にも言えなかった。
黒野被告と出会って半年がたった。金を返すつもりがなさそうなので、黒野被告が相談しているという弁護士の名前を聞き出し、直接連絡を取った。すると弁護士から「そんな人は知らない。それは詐欺だろう」と指摘された。それ以降、黒野被告との連絡を絶った。
そして今春、西和署から1本の電話があった。「詐欺に遭ってませんか」。警察からの電話に正直ほっとした。しかし黒野被告に振り込んだ金は、現金や電子マネーを合わせて約1600万円に上っていた。
消費者金融への返済は月10万円。副業をしながら苦しい生活が続いている。両親にはまだ詐欺に遭ったことを伝えられていない。「自分が情けないし、相手には怒りしかない」。後悔と怒りで涙を浮かべた。
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女性は7月中旬、西和署で取材に応じた。一方、黒野被告は3~4月ごろにマッチングアプリで出会った別の女性から約2700万円をだまし取ったとして起訴され、公判が始まっている。
起訴状や冒頭陳述によると、黒野被告はSNSで見つけた格好のいい顔をした別人の男性の写真をプロフィール欄に設定。アプリで知り合った女性にうそをついてだまし取った金で、ボートレースや交際相手へのプレゼントを購入していた。
西和署によると、同様の手口で複数人が被害に遭っているといい、今後、冒頭の女性の分も含めて裁判が続く見通しだ。【木谷郁佳】
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