沖縄県宜野湾市の沖縄国際大学に米軍普天間飛行場所属のCH53D大型輸送ヘリコプターが墜落して20年となった13日、同大は事故で焼け焦げたアカギのある「ポケットパーク」で集会を開き、「世界一危険な基地」と呼ばれる普天間飛行場の一日も早い閉鎖を求めた。集会には事故当時を知る卒業生や継承に取り組む在学生ら約200人が参加した。時折、大学の上空を米戦闘機が「ゴォー」と爆音を響かせ通過した。
声明で安里肇学長は、日米両政による普天間飛行場の返還合意から28年が経過した今も基地があることを指摘し「何も変わらない現状と今後の展望が見通せない未来に大きな危機感を覚える」と述べた。事故の風化に危機感を示し「憤りの記憶を鮮明に呼び覚まし、この記憶を受け継ぐ」と継承を誓った。
学生の意見発表では経済学部3年の儀保裕一朗さん(22)が「本土の人々は基地負担を強いられている沖縄の状況を理解することが重要」と訴えた。
同4年の謝花美生さん(22)は普天間飛行場の移設先とされる名護市辺野古への新基地建設について「宜野湾市民の苦しみを名護市辺野古の市民が代わって甘受することになる」と懸念。在日米軍基地の7割が沖縄に集中する過重な基地負担を挙げ「常に多くの不都合と隣り合わせであることを県外の人々に知ってもらう必要がある」と語った。
事故は午後2時18分ごろに発生。住宅に囲まれた大学に全長約25メートルの米軍ヘリが墜落し、炎上した。多数の部品などが周辺に飛び散り、民家などが被害を受けた。乗員の米兵3人が負傷したが、奇跡的に民間人の死傷者はいなかった。米軍は事故現場を管理下に置き、県警や消防などが捜査できなかった。
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