[金平茂紀のワジワジー通信 2024](19)

 沖縄で起きた米兵による少女への性暴力事件を取材している。今回の場合、事実関係の整理が重要だ。

 沖縄県の米軍嘉手納基地所属の空軍兵士(25)が、去年12月24日、県内に住む16歳未満の少女を公園から車で自宅に連れ去り、同意なく性的暴行を加えた。被害者の少女から顛末(てんまつ)を知らされた母親からの通報で、沖縄県警は、この米兵の氏名・所属を特定、米軍側に照会した。その際、逮捕状は請求せずに、一貫して任意で米兵を聴取した。

 日米地位協定という壁がどれほど県警の捜査現場で意識されていたのかは分からない。だが県警は、何と3カ月近くもたった今年3月11日にこの米兵を書類送検した。これを受け那覇地検が米兵を起訴したのが3月27日。その際、那覇地検は那覇地裁に身柄拘留を求めた形を一応取ったようだが、米兵側は速やかに保釈金を支払い、米兵の身柄が日本側へ引き渡され拘留が実際に行われたのかどうかは曖昧だ。

 米軍側はこの米兵のパスポートを保管中というが、彼は、海外渡航は別として基地内で自由に生活していた。沖縄県やメディアには何の連絡も発表もなかった。その一方で、沖縄県警は、外務省の出先機関である外務省沖縄事務所には起訴前の段階で通報していた。同省の宮川学沖縄大使から東京の外務省本省に連絡が行き、岡野正敬事務次官や上川陽子外相も事実を把握していた。

 起訴当日、外務省は岡野事務次官名で在日米国大使館に遺憾の意を電話で申し入れたというが、沖縄県やメディアには何の連絡も発表もなかった。沖縄県警から沖縄防衛局には通報されていなかったというが真相は不明だ。常識的には考えにくい。一方、沖縄県警から東京の警察庁には連絡が行っていたという。そこから警察庁長官や国家公安委員長と情報が共有されていた可能性が濃厚だ。その証拠に、岸田文雄首相や林芳正官房長官らも起訴前の段階で事案を把握していたことを認めている。

 知らぬは、沖縄県知事と県民、そしてマスメディアだけだったのだ。在沖米軍からは東京の在日米軍司令部に報告が上がっていた。また、那覇地検からは東京の最高検に報告が上がっていたという。共通しているのは、みんなそろいもそろって、沖縄県にある出先が、中央(東京)の上部機関、上司たちにはきちんと報告していたという現実だ。

 それから何と3カ月以上経過した6月25日、地元民放テレビ局QAB(琉球朝日放送)の昼ニュースでの報道(午前11時57分)を見て、沖縄県が初めて事件を知ったのだった。驚愕(きょうがく)するしかない。QABの一人の若い記者が6月24日の午後3時ごろに「公判期日簿」を確認して(これは裁判担当記者たちのルーティーン業務だが、前日23日の「慰霊の日」の取材疲れで、地元マスコミ各社でそれがおろそかになっていた節がある)、疑問に思ったことが事件発覚のきっかけだった。

 「こんな事件は発表もされていないし聞いたこともない。おかしいな」。那覇地検はQABからの問い合わせに対して渋々、起訴状を提供してきた。それが6月25日の朝だ。直ちに昼ニュースに突っ込んだ。QABの放送時点まで、外務省は沖縄県に一切の通報・連絡をしていなかった。これを意図的な情報隠しと言わずしてどのように言えばよいのか。

 1995年に発生した米兵による少女暴行事件をきっかけに、日米間では米軍絡みの重大事件については、県当局への連絡も含む「通報手続き」が合意されていたはずではなかったか。

 外務省の小林麻紀外務報道官は、6月26日の記者会見で「適切に判断して対応している。特に本件のように被害者のプライバシーに関わるような事案については、慎重な対応が求められると考えている。常に関係各所にもれなく通報することが必要だとは考えていない」などと述べていた。小林報道官は、事件を県に通報する公益性とプライバシー保護を意図的にすり替えている。プライバシーを保護しながら事案を発表することはこれまでも行われてきたではないか。なぜ県には伏せられていたのか。

 この間、沖縄県では6月16日に県議会選挙があった。玉城デニー知事を支える与党勢が大敗した選挙だ。今回の件が公になっていたならば、当然ながら選挙での大きな争点の一つになっていただろう。4月には岸田首相の訪米があり、日米関係は歴史上「かつてない高みに達した」と政府は自画自賛していた。その陰で事件は隠されていたのだ。

 初公判を傍聴した。被告は胸板の厚いがっしりとした体格で、真っ白いワイシャツに黒ズボン姿。茶色の髪のいささか童顔の白人だった。既婚者で妻と口論してむしゃくしゃしていたとは検察側の主張である。性的な行為はしたが同意の上だと思っていた、16歳未満との認識はなかった、「I’m not guilty」とはっきりとした口調で無罪を主張した。

 法廷で検察が明らかにした被害少女の身長と体重の小さなことに驚いた。裁判所の配慮で被告は通常とは違う出入り口から入退廷し、被告の人権はしっかりと護(まも)られていた。被害者の人権はどうなのか。本紙掲載の上間陽子琉大教授の傍聴記を読んで強く共感した。〈黙り通し、隠し通し、口先だけの沖縄の負担軽減を述べて濁す。それが暴力への結託でなくて何なのか〉

 植民地には傀儡(かいらい)政権ができる。傀儡とは操り人形のことだ。宗主国=本当のご主人様(日本政府およびアメリカ)の言いなりに植民地機関は働く。沖縄県警が、沖縄県知事と県民に事件を伏せていたことは、沖縄の民を護らず、ご主人様のご機嫌をうかがう振る舞いではないのか。植民地主義が今も生きていることの悲しい証しではないのか。沖縄県警や那覇地検の関係者らに問いたい。沖縄は植民地なのですか?(テレビ記者・キャスター)=随時掲載

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