[心のお陽さま 安田菜津紀](31)

 間もなく、パリ五輪が始まる。前回の東京五輪を巡っては、招致における汚職が次々と明らかになり、「誰のための大会なのか」という問いがいまだ宙に浮いたままだ。そして、そもそもこうした巨大スポーツ大会がどうしても持ち得てしまうナショナリズムの高揚に、違和感を覚えてきた。開催国や参加国が内外で続ける人権侵害を覆い隠してしまう、「スポーツウォッシュ」の問題も指摘されて久しい。

 ただ、スポーツそのものが嫌いなわけではない。現にこの1年ほどは、ボクシングの練習を続けている。そこから改めて見えてきたのは、ジェンダー格差の問題だった。

 今年5月、井上尚弥選手が東京ドームでの試合で、ルイス・ネリ選手に素晴らしい勝利をおさめた。メディアでは「日本人初の世界5階級制覇へ」という文言が躍った。ちょっと待ってほしい。その「世界5階級制覇」であれば、私がボクシング指導を受けている藤岡奈穂子さんが、2017年の時点で達成している。

 こうした問題提起をすると、「女子ボクシングは男子に比べて競技人口が少ないから」という言葉がすぐに飛んでくるが、それは実績を「なかったこと」にし、透明化していい理由にはならないはずだ。

 スポーツにおけるこうしたジェンダー格差の問題はボクシングに限ったものではないだろう。長らく「男性のもの」のように扱われてきた競技に関しては、ようやく女子選手についても報じられたと思えば、競技の中身よりも「美しすぎる○〇」のように、容姿をとやかく言い、表層だけを消費していくものも目立つ。こうしてアスリート自身が積み上げてきたものが、報道上は無効化されてしまうのだ。

 一方、この問題をとある報道関係者に指摘したとき、「自分でも気づかないバイアスがあった」と真(しん)摯(し)に受け止めてくれたことがある。スポーツにおけるジェンダー格差の問題は多岐にわたるが、メディアに携わる一人として、その内部から変えていかなければならないと思う。

(認定NPO法人Dialogue for People副代表/フォトジャーナリスト)=第3月曜掲載

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