23日に沖縄県糸満市の平和祈念公園で開かれる「沖縄全戦没者追悼式」では、県立宮古高3年の仲間友佑(ゆうすけ)さん(18)が「これから」と題した平和の詩を朗読する。戦後79年がたとうとするなか、親族に戦争体験を直接聞く機会はなく、葛藤もした。それでも「これから僕たちにできることは何だろうか」と考え続けた。
自身の父方の祖父母は既に亡くなり、母方の祖父母は戦後生まれ。身内の戦争経験の詳細は分からない。幼いころに受けた平和学習はどこか人ごとだった。だが成長し、世界に関心を持つにつれ「戦争は過去のものではない」と実感した。
日々、目に飛び込んでくるのはロシアによるウクライナ侵攻やパレスチナ自治区ガザ地区での戦闘のニュース映像。がれきの中で泣いたり、母親を必死で起こそうとしたりする子どもの姿に「すごく苦しい気持ちになる」。戦後、日本で多くの人が祈り続けてきた平和への思いを踏みにじられているように思えた。
詩は、命はかないセミの鳴き声が響く場面で書き出し、戦争で犠牲になった人たちへの思いを表現した。助けになったのは小学校のころ「慰霊の日」に合わせて歌った平和を願う歌「月桃(げっとう)」。今もふと口ずさむ歌詞にある夏の描写にイメージを重ねた。
沖縄戦で起きたこと、戦後に沖縄が置かれた状況などは改めて学び直した。米軍の上陸、住民たちの集団自決……。ふるさとの宮古島は地上戦を免れていて、「自分たちが語っていいのか」とためらいもあったが「平和に対する思いは疑わなくてもいい」と信じた。
「それでも世界はまだ繰り返してる」。詩では異国の地の惨状を嘆きつつこう続けた。「それでも変わらないというのなら もっともっとこれからも 僕らが祈りを繋(つな)ぎ続けよう」。何世代もさかのぼらないと戦争体験者にたどり着かない時代が来る。「だから僕らが祈りをつないでいかないといけない」【日向米華】
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