「キッチンに戻ると、コンロの上のフライパンから火柱が上がっていた。消火器で消すと火は消えて、ホッとしたのに……」
北九州市小倉北区の旦過市場一帯で2022年8月に起きた2度目の大規模火災で、火気の注意義務を怠ったとして業務上失火の罪に問われた火元の飲食店の経営者だった女性(63)は、6日に福岡地裁小倉支部(渡部五郎裁判長)で開かれた初公判で、出火当時の状況を克明に語った。
女性は旦過市場で飲食店が建ち並んでいた「新旦過横丁(よこちょう)」の一角で、小料理屋を営んでいた。建物は木造2階建てで2階に座敷があり、1階奥に調理場があった。
起訴状によると、女性は使用済み食用油を処理するため、調理場でフライパンに油処理剤を入れてガスコンロで加熱。他の作業に気を取られてその場を離れたとされる。
油凝固剤は一定の温度に達しないと固まらない。被告人質問で弁護人から、普段からそのように火元を離れることがあったか問われた女性は「(普段は)火元を離れることはありません。油を温め、火を切ってから処理剤を入れます」と力を込めた。
なぜ、この日は火元を離れたのか。
市場一帯は同年4月にも42店舗を焼く大規模な火災が起きたばかりだった。女性の店は難を逃れたが、被災店舗のがれき処理が目の前で進み、周囲には粉じんが舞ったり焼け焦げたような臭いが漂ったりしていた上、街灯もなくなった事で物騒に感じていたという女性。弁護人からの質問に「建物のオーナーからは『営業して良い』と言われたが、あまり営業したくなかった」と明かし、店を開けない女性に「少しでも協力したい」と予約を入れてくれる常連客の好意に応えようと、予約が入った際のみ、貸し切りで店を開けていたと説明した。
火災の起きた22年8月10日は午後6時から4人の客を2階の座敷に入れ、午後8時過ぎに料理を提供し終わった。「そろそろお帰りになるかな」
通常は客が帰ってから片付けをしていたが、4月の火災以降、周辺を物騒に感じていたことから「夜、店の中に一人でいるのは嫌」と客と一緒に帰り、翌日に店へ出て洗い物などをするようにしていたという。ただ、この日は「翌日がごみの日だった。ネズミに荒らされるので、ごみを出して帰りたかった」と急いで片付けを始めた。
唐揚げを揚げた油と、かき揚げを揚げた油をそれぞれの鍋からフライパンに移し、凝固剤を投入。ガスコンロに火を付け、「すぐ戻るつもり」でトイレへ行った。そこで目についた手洗い場の掃除をしていた頃までは火のことを覚えていたが「他のことをしている間に頭から抜け落ちた」。
散らばった客用の下駄(げた)を整理したり、カウンターに置きっぱなしになっていた客からもらった果物を移動したり……。火を離れてから15分ほど過ぎた頃に思い出し、調理場に戻った時にはフライパンから火柱が上がっていたという。
女性が備え付けの消火器を使うとフライパンの火は消えたといい、女性は「ホッとした。よかったと思った」と振り返った。しかし直後に停電し、真っ暗になった店内でふと上を見ると、天井にオレンジ色と青色の火の玉のようなものがゆらゆらとしているのが見えた。「これは火かな?」と瞬時には認識できなかったという。停電に驚いて2階から下りた客が店の外に出て、別の店から消火器を借り、天井に向けて噴射したが消えず、「初期消火失敗」と119番した。
検察側は、4月の大規模火災で、旦過市場で火災が起きれば周辺店舗に延焼する可能性を認識していたか女性に尋ねた。「はい」と答えた女性は、さらに「火元を離れる危険性は頭から抜けていたのか」と問われ「うっかりしました」とくぐもった声で返答した。
検察側の求刑と弁護側の弁論後、裁判官から最後に何か言いたいことはあるか問われた女性は「この度は私の不注意により大規模な火災を起こしてしまい、本当に深く反省しております。被害に遭われた方に心よりおわびを申し上げたい。本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げた。【成松秋穂、井土映美】
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