事故から18年を迎え、集会で安全な社会づくりを訴える市川正子さん=港区で2024年6月3日午後6時4分、木下翔太郎撮影

 東京都港区の区立住宅で2006年、住人で都立小山台高2年だった市川大輔(ひろすけ)さん(当時16歳)がシンドラーエレベータ社製のエレベーターに挟まれ、死亡した事故から18年となった3日、事故現場近くで、再発防止を誓う集会が開かれた。母親の正子さん(72)は「命を守るために何をすべきか、考えてほしい」と訴え、遺族や友人らが献花台に花を手向けた。

 集会は、遺族や大輔さんが所属していた野球部の保護者らでつくる「赤とんぼの会」などが主催。

 正子さんは「なぜ生活の身近にあるエレベーターで命を奪われなければならなかったのか。息子1人の事故の問題ではなく、みんなの安全の問題だと訴えてきた」とあいさつ。「安全には終わりはない。みんなで安全を意識しあうことが事故の再発防止、人の命を守ることにつながる」と来場者に語りかけた。

 正子さんが港区などに損害賠償を求めた訴訟は17年に和解が成立し、区は6月3日を「港区安全の日」に制定している。

 大輔さんの事故を受け、国は09年9月以降に新設されたエレベーターに、扉が開いたままの移動を防ぐ補助ブレーキを設置するよう義務化。それ以前のエレベーターでも設置を促しているが、設置率は全体の3割程度にとどまっている。【木下翔太郎】

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