5月に道の駅で販売されていた手作り漬物の数々=松山市の道の駅「風早の郷 風和里」で2024年5月30日午前10時16分、広瀬晃子撮影

 「年もとっとるし、設備投資もお金がかかるけん。もう続けてはいけん」。自宅近くのスーパーマーケットの産直コーナーで手作りの漬物を販売してきた松山市の農家、重松よし子さん(82)は寂しそうに漬物だるに目をやった。食品衛生法の改正に伴い、6月から漬物を販売するには保健所の「営業許可」が必要となった。厳しい衛生基準が求められるため、設備投資をする余裕がない個人事業者などを中心に販売を断念する生産者が相次いでいる。

 重松さんは同市の約300平方メートルの畑で20種類以上の野菜を作っている。市場に出荷せず余った野菜を無駄にしたくないと、15年ほど前から漬物を作るようになった。ダイコンやキュウリ、高菜などを自宅の台所で数日間にわたってつけ込み、1袋150円前後で販売してきた。「おいしいと言ってもらえるのが励みだった」と重松さん。だが、改正後の衛生基準を満たすには設備投資が必要で、多額の費用がかかる。漬物作りは5月末でやめた。

5月で漬物販売をやめた重松よし子さん。このたるで漬物を作っていたという=松山市で2024年5月30日午前11時31分、広瀬晃子撮影

 食品衛生法改正のきっかけは、2012年に北海道で発生した集団食中毒だ。地元食品会社が製造した白菜の浅漬けを食べた8人が病原性大腸菌O157による食中毒で死亡した。これを機に、食品衛生管理の国際基準HACCP(ハサップ)に沿った衛生管理が義務づけられた。加工施設と住宅の分離、カビなどの発生を防ぐ換気設備の設置――などが求められ、漬物販売は各保健所からの「許可制」になった。改正法は21年6月に施行されたが、改正前から製造する事業者は、24年5月末まで3年間の経過措置が設けられていた。

 道の駅「風早の郷 風和里(ふわり)」(松山市)では、7軒の農家らが副業として、たくわんや梅干し、奈良漬などを産直コーナーの一角で販売。安くて美味しいと大人気で、午前中に売り切れることも多かった。同道の駅によると、6月以降販売を継続するのは3軒のみという。買い物に訪れた70代の主婦は、各地の農産物直売所や道の駅を定期的に巡って「ご当地」漬物を購入するといい、「個々に違う味が楽しみだったのに」と残念がる。

自宅裏の作業場に水道設備を新設した越智基泰さん=松山市で2024年5月30日午前11時1分、広瀬晃子撮影

 たくわん販売を継続する近くの農家、越智基泰さん(80)は、自宅裏の作業場内に洗い場を新設するなど約10万円で改築した。もともと別棟の作業場で製造しており、設備投資が小規模ですんだことが継続の決め手だった。越智さんは「利益が出るものではないので、もっと改築費がかかったらやめていた。体が元気なうちは作り続けたい」と話す。同道の駅の駅長、吉田勇二さん(67)は「食の安全は大切だが、一方で地域の食文化がなくなるのは問題。さみしい時代になった」と語る。

 法改正を受け、自治体が事業者を支援する動きもある。

 四国では、高知県が24年1月に「食品加工業継続支援事業費補助金」を新設。設備投資費の2分の1を補助する(個人は上限50万円、農家らでつくるグループなどは上限100万円)。徳島県では16年に創設した「農山漁村未来創造事業」を活用できる。同県によると、3軒以上の農家で申請することが条件で、審査を通れば漬物製造用の施設整備費の2分の1(上限2000万円)を補助する。一方、愛媛、香川両県ではこうした支援は行っていない。【広瀬晃子】

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