おとぎ話の名作「シンデレラ」の中で、魔法の時間から覚めた王子が意中の相手を探す唯一の手がかりとして登場するガラスの靴は、物語のシンボルであり、愛の証として例えられることもあるアイコン的存在だ。放映中のドラマ『くるり〜誰が私と恋をした?~』にも、設定こそ男女が入れ替わるが、同じく「持ち主が分からない」男性用の指輪が登場する。
本作で指輪を担当したのは、ジュエリーショップ「gram(グラム)」代表の小松健太さんだ。2008年に鎌倉(神奈川県)でお店を始め、現在は南青山(東京都)などにもお店を持つ。ドラマで登場するショップ同様、一点物に重きを置き、「手仕事のお店」を名乗る。性別を問わず個人や友人・パートナー同士など幅広い客層に手仕事で指輪を届けてきた小松さんに、ドラマの裏話や作品への思い、今後の展望などについて話を聞いた。
ドラマ放映で業界盛り上がり? ジュエリーの街・御徒町からも期待の声
——ドラマに出てくる指輪のデザインは、どのような流れで決めたのでしょうか?
プロデューサーの八木(亜未)さんが持つイメージに対して、僕が「こんな感じがいいのかな」といろいろ提案しながら決めていった感じです。ドラマにはヒロインの「相手」候補として、3人の男性がいて、ここでは明かせないですが、その本命の相手のことも聞いてイメージしたというのもあります。
——主人公の緒方まこと役を演じる生見愛瑠さんが指輪を作る様子はいかがでしたか?
率直な感想としては、「器用な方だな」と思いましたね。ドラマの設定で指輪を作る際に下手に見える演技をするのも、器用だからこそ、下手な感じが出せているのかなと思いました。
——ドラマでは主人公が一点物のリングを作るショップ(gram)で働き始める様子が描かれます。
はい。今回、僕も昔から携わってきた(日本屈指のジュエリータウンといわれる)御徒町の職人さんや道具屋さんから、すでにたくさんの激励を受けました。こうして僕たちが公の場に出ることで、「若い人たちがこの街にまた増えてくれたら」という期待もあります。今ジュエリー業界はすごく右肩下がりで、規模も縮小してしまっている中で、御徒町の職人さんたちは今回のドラマの話を聞いてすごく喜んでくれています。
——職人の跡継ぎがいないなど、問題は根深いのでしょうか?
今、「若手」と言うと60歳なんです。中堅が70代で、一番上のボスは90歳近く。その下が全く育っていない。若い人たちの中に今、ジュエリー職人になろうと思っている人は少ないのが現状です。昔の僕のように、御徒町で道具屋さんに分からないことを聞いて回るような人は全然いないそうです。そこに、新たに人が流れていってくれたら、「gram」がドラマに協力したかいがあります。御徒町はテーマパークよりもある意味、初めて触れる発見も多くてワクワクすると思います。電車で行ける“外国”だと思うので、今の若い人たちにもぜひ行ってもらいたいです。
ジュエリー作りのルーツ 初作品はホームセンターで買った工具で
——それでは少しさかのぼり、小松さんがジュエリーを作り始めたきっかけを教えてください。
外国をフラフラしていた時に、友人の彼女がタイのジュエリー工場から商品を卸す仕事をしていたので、「工場見学」させてもらったんです。その時、初めてジュエリーの製造工程を見ました。そこでジュエリーに興味を持ち、友人と日本でジュエリー屋さんを作ろう、となったのが18年ぐらい前です。
——その時点ではまだご自身で一点物は作っていなかったのでしょうか?
その時は、馴染みのあった鎌倉に店舗を借りました。ところがオープンする直前に友人からやっぱりやめたいと言われてしまったんです。大家さんに出店が白紙になる事を説明しに行ったら、「1回造った『船』は最後まで走らせろ」と説得されました。そこでお店をスタートしてみて、これからどういうお店を作っていこうかと考えた結果、ジュエリーを手作りしてみようと思い立ちました。その時揃えた道具...トンカチはいまだに使っています。
溶接ができなかったので、最初はワイヤーで指輪を作りました。でもやっぱり溶接しないと作りたいものを形にできないと思い、御徒町の道具屋さんに「これどうやって溶接するんですか?」と聞きに行きましたが、初めは「いや、学校にいってください」と断られてしまったんです。その時の道具屋さんには、今でも大変お世話になっており、今回のドラマにもすごく協力してくれています。
——そこからお店を軌道に乗せていった過程を教えてください。
当初は自分で作ったリングをノベルティとしてあげていたんです。ある日、とある高校生くらいの子から僕が手作りしたリングを売ってほしいと言われました。売り物ではないと断ったのですが、断りきれず「990円でいいよ」と言ったのがきっかけです。そこから目の前で作って売るというスタイルが広まり、あれよあれよという間に、たくさんのお客様に来ていただけるようになりました。
——どのような客層の方が来られるのでしょうか?
様々なお客様が来てくださいますね。最近では外国のお客さまもすごく多いんですよ。そうした客層は予想していなかったですね。やっぱり他の文化を持つ方々から注文されることや、僕が作ったものを褒めていただくと、すごくテンション上がります。やる気の源になります。
即興性が生む「美しさ」。ジュエリーへの思いと見据える将来像
——ジュエリー作りでこだわっている点や哲学はありますか?
お客さまから作ってほしいと依頼されたら、お客さまに似合うように作ります。自分の中の「発掘作業」ではないですが、具体的なオーダーがないときはだいたい脱線していって、最終的に形になる感じが面白いんです。基本的に、「意図してないもの」が好きなんです。今、お店に置いているこの木の机にも、使っていくうちにできた傷があったり。そういうものにすごくインスピレーションを受けます。ゴールをあまり設定せずに瞬間瞬間に「おっ」と生まれる副産物を大切にしたいです。
——思いもよらないお客さんとのエピソードはありますか?
あるとき、お店に突然入って来られたお客さまから、「蜂とバラ」とオーダーされました。挑みがいがあるオーダーでしたね。それで表現したのは、蜂の巣のヘキサゴンの形と、バラはちょっと織りなす感じで金属を折って作りました。とても満足していただけました。指輪を目の前で作って出すことによってちょっと感動が生まれる。それは種をまいて育てる「田植え作業」のようなものだなと思っています。
——ジュエリーに携わってきた中で、変化や、今感じていることはありますか?
当初は「エリザベス女王に着けていただく指輪を作ろう」と志を高くゴールを決めていましたが(笑)、この先はもう少し時間をかけて作れるものをやっていきたいなと思い、もっとドメスティックに、本当にやりたかったことに原点回帰していくつもりです。
——そんな思いを抱く中で、今回テレビドラマという広く開かれた世界のお話が来たんですね。
そうですね。自分の中では王道と「逆」を行く癖のようなものがあるんですけど、今回はいつもの延長線上にはないチャレンジとして、一度は受け入れてみるべきだなと思いました。僕1人で始めたお店も今はスタッフがいて、「gram」はもう僕だけのものじゃないと思うので。テレビやメディアに出ることで、スタッフたちにもいい刺激になるんじゃないかなと思っています。想定外のことが降りてきたり、社会とのつながりができたりするのもいいなと思っています。
——最後に、「指輪デビュー」をしたことがない人が指輪を買う際のアドバイスを。
指輪は、体のパーツの中でもよく見える手に着けるものなので、単純にテンションが上がるものを選ぶといいと思います。形もそうですし、もっと簡単に言えば、例えばシルバーかゴールドか、やはり自分で見て落ち着く色がいいですよね。あとは、いつも着ている洋服や自身のテイストに合わせて着けられるもの。プレーンでオーソドックスな形だとしても、例えば太さを、2ミリではなく3ミリにするとか、ちょっとした「違和感」を出すのもお薦めです。
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