二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還した『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。今回はシーズン2で放送された9話の医学的解説についてお届けする。

渡海先生が登場

今回は天城先生の手術に渡海先生が登場し、エルカノダーウィンを佐伯先生が使用しダイレクトアナストモーシスを行い、渡海先生が佐伯式で僧帽弁形成を同時に行い天城先生を危機一髪助けるというシーンから解説していきます。

正直に言いますと、心臓を止めずにダイレクトアナストモーシスを行い、さらに佐伯式を行うということは考えられないくらい高難易度で夢のような手術なんです。

今回のダイレクトアナストモーシスは左冠動脈主幹部に行うため、心臓の左側の肺動脈の裏にアプローチしないといけません。一方僧帽弁は心臓の右の裏からアプローチします。

心臓の両サイドから同時に高難易度のオペを行うのですからほぼ不可能なオペで、エルカノダーウィンと佐伯教授と渡海先生、優秀な世良先生のスーパーチームのみが行える手術と言えます。

僧帽弁形成術

以前も説明したと思うのですが、僧帽弁形成術とは心臓の中の左心室と左心房の間にある扉(僧帽弁)を修理する手術です。

扉の枠をしっかりと固定するためにリングを使用します。世良先生が「リングのサイズ32です」と言っていましたが、あれはこの僧帽弁を修復するためには32のサイズのリングを使用すると上手くいきますよということで、術前にきちんと計測しており、かなり優秀な発言です。

僧帽弁逆流が元々術前からあった訳ではなく手術中に起こってしまったのですが、きちんと必要になる可能性も考えていて、しっかりリングのサイズを言えるのは、かなり優秀な心臓外科医なんです。

僧帽弁の弁輪(扉の枠)に2-0の糸をかけていき、その針をまたリングにかけて結び、リングを縫着します。渡海先生が左手でリングを持ち、次々と針をリングにかけていき、その針を世良先生が取って抜いていきます。

あのシーンは非常に大変で実際に針を通して鑷子で抜いてもらっていたのですが、なかなかいきなり出来るものではありません。しかし本番前の何回かでコツを得たのか、本番では2人の息がぴったりで渡海先生はスイスイリングに針を通し、世良先生も手際よく針をキャッチして抜いていきました。

普通は持針器でもった針を離すだけで難しい(針を持つとロックがかかり、慣れないとロックを外せないのです)し、鑷子で針を一回でキャッチするのもかなり難しい手技なのですが、全く澱みなく行う様子を見て正直驚きました。

リングに糸を通したらリングを僧帽弁に降ろして糸を結んでいくのですが、本来は術者である渡海先生が1人で結ぶところを世良先生も同時に結び、時間を短縮。その後、渡海先生が弁尖(扉)の縫合を5-0で行い、左房を4-0で高速で縫合し僧帽弁形成をあっという間に終えたのでした。

エルカノダーウィンも前回よりも手技のスピードが格段に上がり、佐伯教授のサポートもあり左冠動脈主幹部のダイレクトアナストモーシスを高速で完遂。その後強心薬の静注と渡海先生と佐伯教授の魂の心臓マッサージで何とか心拍が戻り、天城先生は一命を取り留めたのでした。

天城先生は数日の東城大の関連病院での集中治療後に東城大に戻り目を覚まします。世良先生はずっと付きっきりで診ていたのでしょう。術後目覚めた時は、おそらくかなりの口渇感を感じるものなのですが、そこでカヌレが食べたいというところは本当天城先生らしいというか、さらにパティスリールブランの場所もわからずに素直に買ってこようとする世良先生も世良先生らしくて忠犬感が溢れていたシーンでした。

世界初の小児に対するダイレクトアナストモーシス

その後、回復傾向にあった天城先生に佐伯教授は公開手術を指示します。天城先生はその時ちょうど冠動脈瘤が見つかった繁野さんのお孫さんの結衣ちゃんに世界初の小児に対するダイレクトアナストモーシスを施行しようとしますが、当日に患者が変更されます。

変更になった患者さんは徳永さんといい、冠動脈の大きな3本の血管(右冠動脈、左冠動脈前下行枝、左冠動脈回旋枝)が全て詰まってしまっており、さらに以前行われた手術により左内胸動脈と足の静脈(大伏在静脈)は全て採取されています。右の内胸動脈だけで全てにダイレクトアナストモーシスを行わないといけない状況です。

ダイレクトアナストモーシスの誕生

手術の準備が進む中、天城先生は世良先生にダイレクトアナストモーシス誕生の時の話をします。

天城先生の育てのお母さんは狭心症で天城先生が手術することとなりますが、前下行枝にバイパスした左内胸動脈が何回縫い直しても血液が流れない絶体絶命の状況。そこで天城先生が思い出したのが真行寺先生の書いたダイレクトアナストモーシスの論文でした。

左内胸動脈をクリップしてメッツエンで切離、前下行枝の周囲を剥離して、ブルドッグ鉗子で中枢と末梢を2本挟み、血流を遮断し切離、採取した左内胸動脈を置き8-0で10〜12針で縫合し糸結びを8回行いメッツェンで糸を切る、これを2回。最後にブルドッグ鉗子を外してダイレクトアナストモーシスは完成したのです。

この一連の流れを本番前に確認した時に、最初は助手がサポートして、器械出しの看護師が道具を出す流れだったのですが、「初めての術式だから周りが付いてこれなくて、全て天城先生で行う感じの方が良くないかな」と話が上がって、確かにそうだよなと私も完全同意。監督も確かにその方が良いよね。となり、天城先生が全て1人で道具を取り、完璧に行うようなダイレクトアナストモーシスの誕生シーンとなりました。

あの一連の流れを一回説明しただけで、本番全く間違えることなく完璧にこなしていて、二宮さんは覚えている感じがしないんですよね。我々外科医は紙に順番を書いたりして何回も復習したり、声に出してクリップ、メッツエン…えーとその次は…みたいに試行錯誤しながら何とか流れを覚えるのですが、そういう仕草もなく準備もなしにスッと手技を覚えてセリフと共に身体に入れるのは、ずっと撮影を見させていただいてますが、本当に不思議です。

悪性高熱

奇跡的に誕生したダイレクトアナストモーシスで心臓は回復し、助かったと思ったのですが、ここで悪性高熱になりお母さんは亡くなってしまいます。悪性高熱はX(旧Twitter)でもポストしましたが、日本麻酔科学会ホームページに非常に分かりやすく解説されているので参考にしてみてください。

悪性高熱症はいくつかの麻酔薬の投与をきっかけとしておきる重篤な合併症で、熱は40度を超えてしまい筋肉が崩壊してしまうほど。血液中のミネラルのバランスが崩れて心停止に至ることもあります(天城先生のお母さんもそうでした)。

全身麻酔をうけた患者さん10万人のうち1人から2人に発症するといわれていて、過去は死亡率が70-80%と非常に高かったのですが2000年以降では15%程度にまで減少し、 悪性高熱症に効果的な治療薬であるダントロレンを用いた場合には10%以下とされています。

遺伝的要因で発症する場合があり、全身麻酔の際には患者さんの家族歴を聞くことが重要です。

徳永さんの手術の準備が整い手術は始まるのですが、前回の手術で心臓とその周囲の組織は強固に癒着しています。残った右の内胸動脈を剥離するにもかなりの癒着で難渋。そこで不幸なことに、徳永さんの体温が急上昇し悪性高熱が疑われます。

高階先生は麻酔科医にダントロレンを使用することをお願いするのですが、ダントロレンは用意されておらず、手術開始早々にピンチを迎えます。

通常、ダントロレンは手術室に置いてありますのでご安心ください。この時は前日に悪性高熱疑いの患者さんがいて、使用してしまっており、公開手術の日は休日で追加発注が間に合っていなかったという設定でした。

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イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科 
山岸 俊介

冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。

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