二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還する『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。シーズン2の放送を記念し、山岸氏の解説を改めてお伝えしていきたい。今回はシーズン1で放送された7話の医学的解説についてお届けする。

※登場人物の表記やストーリーの概略、医療背景についてはシーズン1当時のものです。

香織が体験した医療過誤

心臓外科の手術は通常の手術よりも少し大変で、というのも大半の手術が臨床工学技士(Medical Engineer;MEさんとか呼んだりします)に人工心肺という機械を操作していただいたり、麻酔科の先生にも経食道エコー検査などを手術中に見ていただいたり、通常の手術よりもたくさん手術器具を使用することもありますし、たくさん針と糸を使用しますので器械出しのオペ看護師さんにも迷惑をかけてしまいます。

術者(執刀医)は第一助手、第二助手に助手してもらい、MEさん、麻酔科の先生、器械出しの看護師さん、針、糸、人工弁、人口血管等を取り扱う医療機器メーカーさん、様々な人の協力のもと手術を行い、患者さんの命を守り、救わないといけません。それぞれの業種の人に的確に指示を出し、チームワークを最大限に発揮できるような協調性、キャプテンシーがないといけません。

心臓外科手術は究極のチーム医療と言っても過言ではありませんが、しかし、このドラマで何回も渡海先生が強調している「執刀医の責任」。患者さんに何かあった時の全責任は執刀医にあります。これは当たり前のようで、当たり前でなくなる状況が実は存在し、手術中のミスを助手のせいにしたり、患者さんの状態が悪かったからと言ってみたり、看護師さんの間違いにしたりする外科医は実際にいるのです。

香織も執刀医のミスをなすりつけられ、病院を追われた悲しい過去の持ち主でした。

それは手術中の患者さんの急変時で、人工心肺を取り付ける場面。
今まで何回も出てきた人工心肺ですが、心臓、循環器に携わる医師は患者さんの心臓が止まりそうになったり、呼吸ができなくなったりすると人工心肺を使用します。

人工心肺は心臓と肺の代わりをしてくれる医療機器で、脱血菅を静脈に挿入し、静脈血を抜き(脱血)、人工肺で酸素を吹き付け、酸素化された血液をポンプで動脈に挿入した管(送血管)に送ります。すると心臓の代わりに全身の組織、細胞に酸素が供給されて細胞は生き続けることができます。

具体的に人工心肺を回すための手技の順番を説明しますと、よく猫田さんが言うのですが
「送血管、脱血管持ってきて!!」
と言われたら、送血管を動脈(一般的には上行大動脈か足の付け根の大腿動脈)に挿入し、脱血管を静脈(一般的には右心房または足の付け根の大腿静脈)に挿入します。それで人工心肺の回路をMEさんからもらいます(術野に上げます)。

この時回路は一本の管になっていて、下(MEさん側)で人工肺とポンプにつながっています。その管(回路)を切って、一方(送血側)を動脈に入っている送血管に、もう一方を(脱血側)を静脈に入っている脱血管に接続して人工心肺をスタートします。これを逆につないで人工心肺を回してしまうと大変なことになります。

動脈から血液が抜かれ静脈に大量に送られますので、本来血液を組織(脳や心臓、その他の臓器)に届ける側(動脈)から血液が抜かれるので、組織に全く血液が行きませんので、一気に組織が酸欠状態に陥りますし、静脈に大量の血液が送られますので、静脈→右房→右心室→肺と肺に大量の血液が高圧で流れますので、肺から大出血してしまいます。

人工心肺を装着する一つ一つの行程にはそれぞれチェック項目があり、それらをすべてチェックしてから人工心肺を回さないと大変な事故が起きます。きちんとトレーニングを受ければ10分程度で人工心肺を回すことができますが、スムーズに安全にできるようになるにはかなり時間がかかりますし、患者さんの急変時でも冷静に、客観的に状況を判断して、さらに迅速に処置を進めないといけませんので、強いメンタル、器用さ、俊敏さ、洞察力、観察力が必要になります。

香織が体験した医療過誤の場面の執刀医のように、患者さんの急変時になると、慌てふためいて、どうしていいかわからず、スタッフに声を荒げてしまう医者はどこにでも存在していますが、僕も研修医の時には慌てふためいてしまい、声を荒げてしまうようなことがありました。

近くの看護師さんに向かって「早く早く、挿管挿管!(挿管;気管にチューブを入れて呼吸の補助を行うこと)」と言った瞬間に、上司に後頭部を思いっきりひっぱたかれたことがありました。「お前が一番焦ってどうするんだ、急変時は誰よりも冷静になって指示出せ」と。

香織は人工心肺回路の脱血側を執刀医の指示通りに渡して人工心肺が周り、患者は心停止してしまうのですが、本来、すべての責任は執刀医にあります。回路を接続する際にも間違っていないかチェックしますし、人工心肺を開始する直前もきちんと接続しているか、空気が回路内に入ってないか等、様々なことを瞬時にチェックしてから開始します。冷静さを失ったというか、おそらくきちんとトレーニングを受けていなかった執刀医は誤って人工心肺を回してしまいました。

どう考えても執刀医の責任なのに、香織は過誤の責任をなすりつけられ、看護師をやめることとなってしまいました。この執刀医が「患者がいる、そいつを助ける」という当たり前の精神を持っていれば、こんなことにはならなかったかもしれません。

※実際の現場では、助手の医師がいて、看護師ではなく、助手が人工心肺の回路を取り扱い、さらには人工心肺もトレーニングを受けた医師にしか回せませんのでこのようなことは有り得ません。ご安心ください。

ーーーーーーーーーー
イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科 
山岸 俊介

冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。