二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還する『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。シーズン2の放送を記念し、山岸氏の解説を改めてお伝えしていきたい。今回はシーズン1で放送された6話の医学的解説についてお届けする。

※登場人物の表記やストーリーの概略、医療背景についてはシーズン1当時のものです。

粘液腫(ねんえきしゅ)

粘液腫とはあまり聞いたことがない病気だと思います。簡単に言うと心臓の中にできるできもの(腫瘍)です。ほとんどが良性腫瘍と言われます。

良性腫瘍ということは、取ってしまえば再発もしませんし、転移もしません。うずらの卵くらいの大きさからダチョウの卵まではきませんが、かなり大きいものまであるようです。少し柔らかめのゼリーのような感触です。良性腫瘍なので手術で摘出してしまえば良いのですが、問題となるのは心臓の中にあることによる血流障害と、心臓の中から飛び出してどこかの血管に詰まってしまう塞栓症です。

渡海先生のお母さんはまさにこの血流障害により失神してレストランで倒れてしまいました。

この粘液腫は左房(左心房)という部屋にできやすいと言われています。血液は肺から肺静脈を通って左房に入って、僧帽弁という扉を通って、左心室に流れ、左心室から大動脈弁を通って全身に送られます。ここで左房に大きなできもの(粘液腫)があると、最悪の場合、僧帽弁にはまり込むことがあります。これを嵌頓(かんとん)すると言います。そうなると大変です。血液が左房から左心室に全く流れなくなりますので、全身にも血液が流れなくなります。本当に運が悪いとそのままお亡くなりになってしまうケースもあります。

渡海先生のお母さんは僧帽弁に粘液腫が一瞬はまり込んで、血液が全身に流れなくなり、頭への血流がなくなり失神して倒れてしまったものと思われます。幸い、はまり込んですぐに外れたので良かったのですが、はまり込んだままだったらと思うとぞっとします。

粘液腫は心臓エコー検査により診断できるのですが、春江さんのように失神を引き起こすほど大きな粘液腫があり、僧帽弁に再度はまり込みそうな場合は一刻も早く摘出を考えます。全く症状がなく、たまたま診断された場合は急ぐ必要はございません。

春江さんの場合はエコーの検査を見てもかなり大きな粘液腫でした。黒崎先生は緊急手術を行います。

粘液腫の手術はそれほど難しい部類には入らないのですが、我々が一番気をつかうのは、粘液腫がどこかに飛んで行ってしまうのではないかということです。

粘液腫は左心房の壁にゆるーくくっついているのが大半です。患者さんをベッドからベッドに移す時にもそーっと移します。衝撃で粘液腫が左心房の壁から外れて心臓から全身に飛んでしまったら大変で、もし脳の血管に飛んで行ってしまったら脳梗塞になってしまいます。粘液腫ほどのできものが脳の血管に飛んで行ったら命に関わります。またお腹の血管に飛んで行ってしまっても大変です。最悪、腸が壊死してしまうなんてことにもなりかねません。ですので、非常に神経を使う手術になります。

黒崎先生は春江さんの粘液腫を摘出したのですが、肺静脈に取り残しをしてしまいました。これは基本中の基本なのですが、粘液腫を摘出したら、左房の他の部分にも粘液腫がないかを確認します。稀に取り残しがあり、その取り残しが大きくなりまた取らないといけない場合がありますので、取り残し厳禁の手術になります。

佐伯教授は並の外科医なら肺静脈の取り残しはあるとおっしゃっていましたが、確かに肺静脈の奥底に粘液腫がある場合、確認は難しいかもしれません。ただ術前のCT検査などをきっちりしていれば、肺静脈にあることもわかったかもしれません。

「残存腫瘍のせいで血流障害が起きているものと思われます」

肺静脈から左房への血流が粘液腫の取り残しのせいで障害されているということです。肺静脈から左房に血液が流れて行きませんので、肺に血液が溜まってしまいます。これは非常に珍しい現象です。

カエサルによって、右肺静脈の奥にある血栓を摘出するのですが、この場合も心臓を止める必要がありますので、人工心肺を回して、大動脈を遮断して、心筋保護液によって心臓を止めて手術を行います。

カエサルによる手術は通常の手術(胸の真ん中を開ける正中切開の手術)とは違い、右の胸から心臓を手術しますので心臓は少し遠い位置にあります。何をするにも遠いので少しやりにくく、ダーウィンやカエサルのような細いロボットアームによる手術が力を発揮します。ダーウィンやカエサルがない時は長い手術器具を使用して手術を行います。

大動脈を遮断する鉗子(かんし:物を挟む道具)も少し長い特殊な鉗子を使用します。今回はこの鉗子の先端で大動脈の向こう側の組織を損傷してしまったという流れになります。

右胸部から見ると大動脈の奥には肺動脈と左心耳があります(救急外来で渡海先生と世良先生が処置していた場所です)。おそらく大動脈遮断鉗子の先端で肺動脈または左心耳を損傷してしまい、出血してしまったものと思われます。左心耳の損傷ならば、右からそのまま左房を再度開けて、左心耳を引っ張り出して内側から修復することは可能ですが、肺動脈が損傷してしまうと、なかなか右から修復するのは困難です。

渡海先生は出血の仕方から肺動脈と左心耳両方から出血していると判断し(肺動脈からは暗赤色の静脈血が、左心耳からは真っ赤な動脈血が出てきます)正中切開(正中開胸)にて縫合し止血を行いました。

渡海先生の助手を世良先生は見事にやってのけるのですが、
「PAよけろ」
のPAはPulmonary Arteryの略で肺動脈の意味です。左心耳を縫合するときに、肺動脈をよけて縫いやすくしてくれ、という指示です。

「あんまり引っ張りすぎるな」
縫合するときに、助手は縫合しやすいように糸を持ってあげるのですが、その時糸を引っ張りすぎると組織がちぎれちゃうから気をつけろ、という指示になります。

今回は救急外来でも春江さんの手術でも二人は肺動脈と左心耳を修復したことになります。肺動脈、左心耳ともに非常に脆く修復は難しいのですが、さすが渡海世良コンビ、難なく修復してしまいました!

またまた、長くなってしまいました。今回は粘液腫という心臓には珍しい腫瘍の話で、なんで心臓に癌が少ないかとか、高階先生の男気溢れる、手術室での自ら血液を抜くシーンの説明とか、身内の手術、だとか、まだまだ書きたいことはたくさんあるのですが、また機会があればお話ししたいと思います。

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イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科 
山岸 俊介

冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。

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