放送中のドラマ『アンチヒーロー』。実は、山本奈奈氏、宮本勇人氏、李正美氏、福田哲平氏と、4人の脚本家チームによる共同脚本で、綿密にその世界観が作り込まれている。
“共同脚本”とは読んで字の通り、複数人の脚本家が集まりひとつの作品を仕上げること。ハリウッド映画など海外ではその手法は当たり前のように取り入れられているが、日本ではまだまだ珍しい。1人の脚本家がドラマを仕上げるのに対し、チームだからこその相乗効果とは。詳しくは後述するが、“5人目の脚本家”と謳っても過言ではない飯田和孝プロデューサーも交え、その“共同脚本”作成の裏側にフォーカスを当ててみよう。
執筆よりも打ち合わせ時間の方が長い
“共同脚本”と言葉だけで聞くと、4人でそれぞれ分担して書き上げるのかと想像する人も少なくはないだろう。その手法は様々で、一概にどの手法が正しいとはいえないのが現状だが、『アンチヒーロー』に関しては「それぞれの特技を活かしながらアイディアを持ち寄ってまとめました」と語るのは山本氏。放送が決定した2023年初頭から山本氏と宮本氏によるプロット制作が始まり、社内での打ち合わせが幾度となく行われてきたという。
話が具体的な台本作りの方法に及ぶと、「最初は全員が必ず集まり、まずどういうストーリーにするかというのを話し合います。各話の事件もそうですが、糸井一家殺人事件についても方向性を打ち合わせた上で、誰がどのプロットを書くかというのを割り振る。その出来上がったプロットを元にさらに話し合いを重ね、書く人をトレードしながらブラッシュアップしていきました。そうすることで、良質なアイディアが詰め込まれた台本になったと感じています」と山本氏が説明。続けて宮本氏が「長いときは、7時間くらいやっていましたね。飯田さんも毎回同席するんですけど、僕たちの話し合いが長すぎて途中、社内会議などで中抜けすることも(笑)」と当時を振り返る。さらに山本氏が「執筆している私たち自身も複雑な内容なので混乱しないよう、ホワイトボードに事件の様相をまとめたりして、まさに“捜査会議”でした(笑)」とその様子を明かしてくれた。
4人との打ち合わせを1年以上重ねていた飯田プロデューサーは、脚本を書く上での個々の特技について「エピソードによっても得意不得意はもちろんあると思うのですが、事件のトリック部分は宮本さんと福田さん、人間関係や登場人物たちの心の機微に関するところは山本さんと李さんが得意なんじゃないかなと思っています」と分析する。
さらに共同脚本の素晴らしいところは「アイディア力」だと山本氏。「1人で考えるよりも、お互いに意見を出し合うことでたくさんのアイディアが生まれる」と言う。それを受けて「山本さんと李さんは昨年放送された日曜劇場『VIVANT』で一緒でしたし、福田さんも面識があったので、人間関係ができていたのは大きかったかもしれません。お互いへの尊重があったので、意見を言い合いながらも大きな喧嘩になることはありませんでした(笑)」と、ムードメーカーの宮本氏が場を和ませた。
七転八倒の連続…縦軸を意識したプロット作り
そもそもこのドラマの企画が最初に持ち込まれたのは、2020年のコロナ禍前まで遡るという。福田氏が飯田プロデューサーと企画を作りあげ、本作の放送に漕ぎ着けるまでには実に4年の月日があった。最初の企画書について福田氏は、「当時は中身もそんなに固まっていなかったのですが、弁護士モノで大きな正義を貫くために殺人犯を無罪にするのか、正義とは何か、そんな天秤のようなドラマをイメージしていました」と回顧。それを受け、山本氏は「ベースとなった“正義とは何か、悪とは何か”という強いメッセージは絶対に残そうという共通認識が私たち4人にはあったので。それを元に、明墨のキャラクターやストーリー、縦軸にある12年前の糸井一家殺人事件の内容を固めていきました」と補足する。
脱稿するまでにおよそ1年という月日を要した本作の台本だが、脚本家が4人で挑んでも生みの苦しみは想像以上だったと李氏。「それこそ七転八倒しながらでしたね」と苦笑交じりだ。各話の事件だけでなく、縦軸を大きく意識した本作だからこそ頭を抱えた内容について、「冤罪を題材にした作品は本当にたくさんあって、初期の段階で予想がつくようになっています。最終的に冤罪を晴らして終わるドラマが多い中、視聴者の皆さんに“またそのパターンか”と思われないよう、どうしたら興味を持続させられるのかとすごく悩みました」と李氏。苦悩を語りつつも、一筋縄ではいかない最終回が待ち受けていることを予感させる。
その一方で、スムーズに進んだのが第8話の台本だという。山本氏は「たくさん張っていた伏線を8話で概ね回収したのですが、予め考えていた内容だったからこそ、明かす作業は比較的早かったかもしれません」と話す。さらに飯田プロデューサーは第8話の台本を読んだ際、「糸井一家殺人事件の詳細を明墨からだけでなく、林泰文さん演じる青山憲治、岩田剛典さん演じる緋山啓太という三方向から明かす手法が斬新で、なるほどなと思いました。読んだ瞬間、これはうまくいくぞという手応えを感じましたね」と絶賛。まさに一見の価値あり、“共同脚本”だからこそ作り上げることのできたシーンだ。
長谷川にバトンを託した台本の内容とは?
脚本作りの際、主要キャストをイメージしながら書くことも多いのだが、今回はチーム結成とほぼ同時期に主演が決まっていたのだとか。「モンゴルでの撮影に向かう、成田空港で電話を受けたのでよく覚えています(笑)」と飯田プロデューサー。元々、明墨のキャラクターを俳優・長谷川博己のイメージで作り始めていたが故に、オファー快諾に喜びもひとしおだったという。
「長谷川さんにも明墨のキャラクターについて実際に相談させてもらうことも多々ありました。お芝居をされていく中で、長谷川さんが明墨についてどう感じていらっしゃるのか、その考えを知ることができたのはとても良い経験になりました」と宮本氏。
長谷川は役作りをする上でのニュアンスを、監督やプロデューサーだけでなく脚本家チームにも積極的に聞いていたという。山本氏は、「セリフについてではなく、明墨だったらここは笑うのかなとか、動かずにやった方がいいのかなとか。実際の法廷見学もご一緒させていただきましたが、弁護士先生の物理的な立ち位置を考えながらご覧になっている姿が印象的でしね」と明かす。
「私たちも実際にお話を聞いたり、演じられた明墨の姿を見たりして、これは長谷川さんにお任せしたいという気持ちが強くなりました。なので、明墨がどういう感情なのかを台本上では明確にせず、放送や撮影を観て驚く。まさに視聴者の皆さんと同じ気持ちです」と続けながら、山本氏は台本作りの舞台裏を鮮明に語ってくれた。
4人と飯田プロデューサーのアイディアを集結させたからこそより繊細な台本に仕上がっているわけだが、飯田プロデューサーは世間で認識されている“考察系ドラマ”という位置付けについて、ある思いを抱えていると言う。「考察系を狙っているわけではないんです。法律モノなので入り組んで複雑化してしまう部分は確かにありますが、全話を通して観たときに“なるほど、そういうことか”と感じてもらえたらいいと思っています。4人でアイディアを出し合って、緻密に作ろうとした結果が“考察系”という認識に繋がっているのではないか」と、本音を吐露。
日本ではまだ珍しい“共同脚本”というシステムだが、新たな可能性という意味ではエンターテインメント界の今後を左右する大きなチャレンジだ。“共同脚本”は、そもそも話し合いに多くの時間を割かなければいけない上に、まとめる人間は常に選択を迫られる。しかし、時間を掛けることができるのであればそれは決して不可能ではないはず。近い将来、日本のドラマや映画、舞台など、様々な作品で“共同脚本”という文言を目にする機会が増えるかもしれない。
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