放送中のドラマ『アンチヒーロー』。重厚感あふれる作品を一から作り上げている舞台裏の立役者をご存知だろうか。
ここでは、ドラマの世界観を光と影で支える照明担当・鈴木博文氏のこだわりを深堀り。映像に映る、人やモノ全ての命運を司る重要な役割を明かしてくれた。
冒頭10分が物語の鍵を握る
照明は、ドラマ全体の世界観に合うように太陽光や照明機材を用いて光と影を作り、空間を演出する仕事。撮影現場にある通常の明かりだけでは映像が成立しないため、光量を調節し、不自然にならないよう物語への没入感を増大させる役割を担っている。ドラマの大道具・小道具というと、映る“物”に目が行きがちだが、それらが映り込むことまで計算して、効果的な映像を生み出す手助けをしているのが照明なのだ。
『アンチヒーロー』の照明チーフを担当するのは、これまで『TOKYO MER~走る緊急救命室~』『クロサギ』『恋はつづくよどこまでも』『ブラックペアン』シーズン1など、ラブコメディーから医療ドラマまで、数々の作品を手掛けてきた鈴木博文氏だ。
「ドラマにおいて一番大切なのは、作品の世界観を印象づける冒頭のシーン、そして次週まで記憶に残る最後の10分。その2箇所を印象的に見せられるかどうかで、全てが決まるんです」。そう語る鈴木氏は、本作を通して重要なシーンとなる第1話の冒頭も担当。長谷川博己演じる明墨正樹が接見室の向かい側に座る被告人に対して、「私があなたを無罪にして差し上げます」と語りかけるインパクトあるシーンは、視聴者の目を釘付けにした。
最初に台本を読んで直感的に浮かんだアイデアを大切にしているという鈴木氏だが、特に同シーンのイメージはすぐに出来上がったという。「思い描いた映像を作るため、美術スタッフに撮りたいイメージを伝えて、セットの窓の位置や素材などについてかなり相談を重ねました。こちらの希望に寄り添ってくださって、当初の想定から変更してもらった部分もありましたね」と制作過程を振り返る。
ラストシーンといえば、第2話のラストで描かれた赤峰柊斗(北村匠海)と緋山啓太(岩田剛典)が産業廃棄工場で対峙するシーンが記憶に残る。2人に降り注ぐ雨がしっかりと映像に映る明かりのバランスに配慮しつつ、「北村さんと岩田さんが顔で語る芝居がより印象的になるように。そして赤峰がみんなに裏切られたことに初めて気づき、その悔しさを表現するための暖色系の明かりでした」と、本作で一番ハードだったという撮影について明かした。
その後、雨に濡れた赤峰が明墨法律事務所で明墨に迫るシーンでは、「観ていただくとわかるのですが、最後に明墨が赤峰に一歩近づくと顔半分にだけ光が当たる、“片明かり”の状態になっているんです。そうなるように演者の立ち位置と動きを把握し、計算して照明を作りました」と、繊細な機材調整についても教えてくれた。
さらに、心理描写や物語の重要な要素を描く際には、監督陣との話し合いも欠かさない。「台本だけでは読み取れないキャラクターの心情はもちろん、考察要素が散りばめられた本作に至っては、『このシーンってこの人を悪く見せていいんだっけ?』とか、『この役はここで焦点が当たっていいんだっけ?』といった、本筋に絡む重要な要素を確認しながら撮影しています」。視聴者が映像を観て受け取る印象まで、計算され尽くされているのだ。
印象操作も自由自在!?照明の効果をあなどるなかれ
主人公の明墨でさえもいい人なのか悪い人なのか未だに判断がつかない本作。ネットでは物語の黒幕探しが白熱しているが、「実はそういったところも照明で演出しているんですよ」と鈴木氏は明かす。役者の表情の芝居が見どころの1つとなっていた『VIVANT』でもよく使われた、“片明かり”という技法と、その効果について語ってくれた。
片明かりという照らし方は、役者の顔半分にだけ光を当て、もう片方を暗くすることで、怖い印象を作る技法。全体に光が当たっている顔と、片側しか当たっていない顔を比べると、その差がわかりやすい。
「台本を読んでキャラクターを把握したら、善良な役には顔全面がきれいに見えるように光を当て、悪役は片側だけ照らして怖く見えるように差をつけています。そういう視点で観てもらえたら『あ、この人悪いんだな!」と気づいてもらえるかも。中には、本当はいい人だけど、わざと悪く見せている人もいるかもしれません…(笑)。そういったミスリードも含めて楽しんでもらえたら」と、ストーリーをより楽しむヒントを教えてくれた。
物語中盤以降、明墨の真の目的がわかり、明墨と牽制し合う仲の伊達原泰輔(野村萬斎)の思惑や悪企みも垣間見えてきた。「少しずつ伊達原の悪い一面が見えてきましたが、物語の序盤では敢えて善人役用の照明を当てていました。第6話で、紫ノ宮飛鳥(堀田真由)が倉田功(藤木直人)の面会に行った後、伊達原と廊下ですれ違うシーンがあるのですが、実はそこで初めて悪い人に見える片明かりの照明を当てているんです。気づいてもらえているかな?」と、自身が仕込んだ仕掛けについて楽しそうに振り返った。
目の光1つでキャラクターの印象が変わる
照明は、役柄のキャラクターによって目の光(キャッチ)の入れ具合を調整する重要な役割にもなっている。例えば、生き生きとしたキャラクターにはキャッチを入れ、悄然としたキャラクターには入れないようにしているそう。「明墨はどこか影のあるキャラクターなので、基本的にキャッチを入れないようにしています。唯一目がキラキラするのは、熱意の込もった弁論をしている時ですね」。そんな明墨とは対照的に、情熱を持った弁護士である赤峰には常にキャッチを入れているそう。「目が大きいのでどうしても入っちゃうんですけど(笑)」と、北村ならではの裏話も飛び出す。
この話を踏まえて振り返ってほしいのが、第1、2話の緋山だ。町工場殺人事件の犯人として被告人になった緋山は、生きる希望を失ったような顔だったが、実はこれにも照明の力が大きく影響している。「接見室や法廷で下を向く緋山には、敢えて光を入れずに、目が死んで見えるよう照明を作っていました。初めて彼の目に光を入れたのは、無罪の判決を言い渡された時。彼の心情を考えて、あの瞬間から目にキャッチを入れるようにしました」と、細かいながら作品の受け取られ方に大きく作用するこだわりを口にした。
本棚の横から見える建造物が!?画面に映らないこだわり
照明のこだわりは、人に当てる明かりだけには留まらない。美術スタッフのインタビューでも紹介した、布プリンターを使用した窓外背景。ビルの窓以外を黒く印刷していることで、裏からライトを当てると夜景のように見せることができるのだが、これも明かりを当てているだけではない。「ただ明るくするだけだと写真感が拭えないので、赤、青、紫など、いろいろな色のライトがチェイス(前の光を追いかけるようなかたちで色が変わり続ける)という技法も使っています。そうすることで、揺れ動く街の明かりやネオンを表現できるんですよ」と、ここでもパッと見ただけではわからない細部へのこだわりを見せる。さらに、鈴木氏は遊び心も忘れない。「実は、明墨の部屋からは東京タワーが見えます。本棚の横から覗かないと見えないので映像に映ることはないのですが、しっかり東京タワーカラーになるよう照らしています。完全に僕の自己満足なんですけど(笑)」とお茶目なこだわりも披露してくれた。
ドラマでは実景で撮影するロケ映像もあるが、そのシーンでは外とのつながりを意識。「新橋の駅前を歩いてきて、そのままセットで作られている明墨法律事務所に入るシーンもありましたが、そのようにロケとスタジオのシーンが直結している時は、ロケ撮影時の天気も考慮しています。例えばロケ日が曇りだった場合、続くスタジオでのシーンの照明も青っぽく調整。天気の色を反映することで、映像が切り替わった時の違和感を減らすことができます」と、照明の当て方だけなく、色味がもたらす効果を披露してくれた。
鈴木氏は最後に、「シリアスな側面が多い作品なので、俳優さんのお芝居を明かりで邪魔しないことを一番大切にしています。台本を読んだだけでも作品の受け取り方はそれぞれ。スタッフ全員でシーン毎の心情やイメージを共有し、僕たちはその中で、みなさんが作り上げたものがより効果的に映像に映るよう、メリハリのある照明を作れるように日々努力しています」と、仕事への信念を誠実な表情で語ってくれた。
俳優陣の表現力が光る本作だが、照明はその芝居を、映像を通して視聴者に最大限届ける、まさに影の立役者。視聴者が映像から受け取る印象は、照明が大きく関係しているのだ。善と悪がせめぎ合う本作だからこそ、いつもと違った視点から“光と影”に注目してみるのも面白いかもしれない。
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