温室効果ガスを排出しない水素燃料電池を搭載した船が日本で初めて就航しました。北九州市で実際に観光船としてスタートしたこの水素で走る船、その優位性はどこにあるのでしょうか。
日本初!水素燃料電池の観光船 「揺れ小さく静か」実現
4月10日から北九州市で就航したのは観光船 HANARIAです。全長33m、幅10mで、定員は100人、景色を楽しめるテラス席もあります。
門司港と小倉港を発着し、昼間は関門地域にある神社仏閣を巡り、洋上から参拝できるコースや、夜には工場地帯の夜景、若戸大橋のライトアップを楽しめるコースなどがあります。料金は1人2500円から8000円です。今後、年間2万人の集客を目指しています。
観光船は、温室効果ガスを出さない水素と、バイオディーゼル燃料を使用した水素燃料電池船です。水素だけで運行もできるため、温室効果ガス排出ゼロを実現しました。
MOTENA-Sea 廣瀬 華子取締役:
まずは、水素で走るために今ある既存の技術を生かして、水素だけではないハイブリッドという仕組みを採用しました。
水素とバイオ燃料を動力源に発電した電気で動くため、少ない揺れと航行中の静かさを実現しました。通常の船舶と比べて音がとても静かで、実際に乗船した人にも好評です。
すごく静かなのと本当に臭いがないのがもう気分が良かったですね、全然揺れなかったし船酔いとかちょっと注意したけど大丈夫でした。
日本で初めて水素とバイオ燃料で航行する水素燃料電池船HANARIA。
燃料電池や水素貯蔵の技術はトヨタ自動車が提供しています。船尾には、トヨタ自動車の燃料電池車MIRAIの技術を応用した16本の高圧水素タンクが搭載されていて、150キロの水素を載せています。
これでおよそ半日の航行が可能ですが、水素の価格は現在、1立方メートル当たり100円。ガソリンなど従来の燃料に比べて最大12倍のコストがかかります。
コストがかかる水素船に活用していくためには、供給インフラの整備も必要だと言います。
MOTENA-Sea 廣瀬 華子取締役:
船というのは大型なので、一度に必要な燃料がたくさんあります。
それらを賄うためのインフラと両方セットでしないと、なかなか船の水素化、脱炭素化というのは難しい。まず私達が自分たちでできるところ、船を作って走らせて、できるんだぞというところ、そこをお示しすることで供給インフラも合わせて作っていきたい。そんな思いを持って取り組み始めました。
水素燃料は現在、北九州市内では調達できず県内の別の地域から運送していますが、将来的には港の近くで調達できる地産地消を目指すといいます。
水素エネルギーの船舶への活用は今後どこまで広がりを見せるのでしょうか?
日本初!水素燃料電池の観光船 船舶に水素活用 メリットは?
――ずいぶん卵型のかわいい船ですね。
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
女性にも乗ってほしいと思い、柔らかなイメージをデザイナーに伝えました。4月10日から運航を開始しましたが、徐々に評価をいただくようになり、だんだんと乗客数も増えています。
――これは水素で動く商用船としては初めてといっていいのでしょうか?
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
国内では初めてと申し上げていいかと思います。
――なぜ、水素とバイオ燃料のハイブリッドなのですか?
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
水素だけでも走ることはできますが、調達できる量やコスト面を考えるとビジネスとして成り立たない。一方でハイブリッド技術は日本のお家芸です。そこを上手く活用したいと思いました。
――バイオ燃料はどのように?
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
発電機で電気を作り、モーターに電気を流していくと、船が動きます。
――水素とバイオ燃料、いずれも電動だから静かなのですね。
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
エンジン特有の揺れや振動、音がないところが一つのメリットです。
水素メリットを整理してみましょう。
水素は水の電気分解や化石燃料など様々な資源から製造することができます。さらに利用しても温室効果ガスを排出しない、そして国際情勢などの影響を受けにくく地産地消が容易だということなんです。
――水素を使用する場所で水素を作ればいいということですか?
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
もちろん輸入する方法もありますが、地産地消がこれからのエネルギー戦略だと思います。地方創生としても非常に有効ではないでしょうか。
――使用する場所で製造し、貯蔵したいと?
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
供給コストが高くなるので、製造、貯蔵、利用場所の距離を限りなく短くしたい。今後の一つの戦略になると思います。
――北九州で水素を作る方法とは?
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
工業用の水素を分けてもらったり、製品などを作る際に副産物として発生する、副生水素を市内で流通させるのも一つの方法だと思っています。
――太陽光や風力発電の電力で作った水素を使用することは?
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
是非、そうしたいですね。電気から水素に変えて、また電気に戻すという、エネルギーロスはありますが、水素は貯蔵が可能です。北九州市では洋上風力発電の運転が始まりますので、そこから電力をもらって水素を作りたいですね。
――今回のプロジェクトの一番の意味は?
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
政府の水素基本戦略より前に、我々で出来ることはやろうという考えがありました。水素だけで船を動かすのはかなりのパワーが必要だが、ハイブリッドとして既存の車の技術が船に転用できることを証明したかった。
――証明ができないことには、経済的合理性があるのか、改善点があるのかがわからない?
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
まずやってみないとわからない。今回やってみて課題がたくさん出てきました。
――そもそも船から出る二酸化炭素は多いのですか?
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
全体の中では非常に少ない。1%くらいだと思います。しかし、貨物船の荷主様にしてみると、SDGsをはじめ、環境対策に直接影響するものです。このようなことに関心を持たなければいけませんし、実現しなければならないと思います。
――運送にかかるCO2を少しでも減らしたいという需要がこれから出てくるだろうということですね。
第一生命経済研究所 首席エコノミスト 熊野 英生氏:
脱炭素化が地方発で進んでいくっていうのが素晴らしいと思いますね。髙尾社長の素晴らしいところは、期限があるからやろうじゃなくて、もうできることはチャレンジしてやろうという発想自体が非常に前向きでいいと思いますね。
――太平洋を横断するような大きな自動車運搬船などは、なかなか水素では難しいだろうと思いますが、どういうものが水素船に適しているんですか?
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
どちらかというと短距離で航行する船、内航船と言われている。あと港湾ですね、港の中で動くような船。そういったものや観光船に、水素船は非常に有効な手段じゃないかなと思います。
問題はコストです。経産省が出している水素の基本戦略によると、2023年時点で水素の供給コストは1立方メートル当たり100円、これは既存燃料の最大12倍にもなります。このコストを2030年には30円、2050年には20円にする目標を掲げています。
――今の価格の5分の1にしたとしても、ひょっとしたらまだ化石燃料より高いかもしれない。
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
まだまだ改善の余地はありますし、やはりどうやって水素を作っていくかですよね。一つ必要なのは、やっぱり国内に水素のマーケットがまだないことです。ですので相対取引で水素を調達する形をとってますので。それがマーケットに出てくれば、水素を調達するための様々なコストが下がる。そうなると、試算も変わってくるんじゃないかなと思います。
――アンモニアを使った船も検討されていると思いますが、水素の方が優れている面というのはどんな点があるんですか?
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
違いはやはり、体に優しいか優しくないか。毒性の問題とかありますので、そういった面では水素の方が優位性があります。それから水素は作ろうと思ったら作れるものなんです。アンモニアは水素と窒素が必要なんです。ですから、元々アンモニアも水素がないとできないものですので、やはりまずは水素があるということが前提です。ですので、まずは水素を作れる環境を置いておけば、容易に調達も可能になってくるだろうと思っています。
――この後、どんなプロジェクトを今夢見てらっしゃいますか。
MOTENA-Sea 代表取締役社長 髙尾 和俊氏:
他の自治体からも問い合わせがありますので、当然こういった観光船を増やしていきたいです。それから貨物船もそうですね。ただやはりインフラの整備がないと進んでいかないと思いますので、水素を作る、そしてそれを貯めておく、そちらも私どもは進めていきたいと思います。
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<プロフィール>
髙尾和俊
1989年~三井住友海上、インターリスク総研などを経て2017年に海運業界へ転身
2019年~商船三井テクノトレード取締役常務執行委員 MOTENA-Sea代表取締役社長
熊野英生
第一生命経済研究所 首席エコノミスト
金融・財政政策を中心に幅広くカバー
近著「インフレ課税と闘う!」
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