一時期まで「法廃止」ありきで進んでいた議論。しかし状況は一変し、足元ではNTT側が”四面楚歌”の状態に陥っている。

「NTT法の廃止」に向けた議論がトーンダウンし、NTT関係者からは落胆の声が漏れる(撮影:今祥雄)

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「これより、採決を致します。本案に賛成の諸君の起立を求めます」

4月17日に開催された参議院本会議。尾辻秀久議長が呼びかけると、議長席を取り囲んで座っていた議員のほとんどが一斉に立ち上がった。「過半数と認めます。よって本案は可決されました」。

この日、NTTに課してきた規制や義務を一部緩和する改正NTT法が可決・成立した。研究成果の普及責務を撤廃し、外国人役員の就任規制を緩和したほか、「日本電信電話」という社名を変更することも可能となった。

改正法成立を受け、NTTは「技術や市場環境の変化に合わなくなっている規制について、引き続き、積極的に議論に参加・協力する」とコメントした。

「廃止ありき」で進んでいたが…

NTTの前身である日本電信電話公社の民営化に際し、国内市場の寡占を防ぐために制定されたNTT法。制定から40年近くが経った昨年、自民党内で抜本的な見直しの議論が突如浮上し、今回の法改正で盛り込まれなかったテーマについても総務省の有識者会議で検討が進んでいる(これまでの議論の詳細な経緯はこちら)。

アメリカのGAFAMが圧倒的な存在感を示す中、NTTを縛ってきた軛(くびき)から解き放ち、NTTを軸に日本の通信産業を世界で復権させる――。

こうした「夢のあるストーリー」(業界関係者)を、自民党の萩生田光一・前政務調査会長や甘利明衆院議員といった有力政治家が後押ししたとされる。総務省の有識者会議の関係者は「政治の意向が先行し、一時期まで『法廃止ありき』で進んでいる印象だった」と振り返る。

ところがここにきて、NTT法廃止が既定路線であるかのように見えた情勢に異変が起きている。それを象徴するのが、改正NTT法に設けられた附則の文言だ。

下図の通り、昨年12月に自民党政調がまとめた提言では、「2025年の通常国会をメドに、(中略)NTT法を廃止するための措置を講ずる旨を附則に明記」するよう求めていた。しかしふたを開けてみると、今回の法改正で附則に盛り込まれた文言は、法廃止以外の余地を残す“玉虫色”の内容となっている。

関係者によると、この文言をめぐっては一悶着あった。

当初、政府が自民党に示した文言は「NTT法の改正または廃止」。この時点で単なる「廃止」から一歩引いていたが、さらに議員から「頭ごなしに結論を強調せずに、政府側で丁寧な議論を」との指摘が入り、「廃止を含め」に変更された。修正後の文言は、検討次第では改正さえも不要になりうる、とも解釈できる。政府側の裁量権がより大きくなる書きぶりだ。

なぜ、「廃止」は後退したのか。背景には、自民党内部での政治力学の変化が影響したとの見方が多い。

今回のNTT法見直しをめぐる議論は当初、膨張する防衛費の財源確保の文脈で浮上した。議論のきっかけは昨年6月、当時政調会長だった萩生田氏が政府保有のNTT株売却に言及したことにさかのぼる。その後萩生田氏は、NTTを完全民営化する可能性にまで触れ、自民党内のPT(プロジェクトチーム)で議論が一気に進んでいった。

国の資産を受け継いだNTTへの足かせが外れることに競合キャリアの反発が相次ぐ中、法廃止にまで踏み込むかは自民党内で意見が割れ、NTT法を所管する総務省も慎重なスタンスだった。それでもNTTの後ろ盾だったとされる萩生田氏は、党の政策や法案をまとめる責任者としての影響力が極めて大きかった。昨年12月にまとめられた提言は、前述の通り法廃止にまで言及した。

ところが当の萩生田氏が、党派閥の裏金問題を受けて、提言がまとまった直後に政調会長を辞職。今年4月には、「党の役職停止1年間」の処分を受けた。ある自民党関係者は「裏金問題の影響は大きく、NTT法どころではなくなったのだろう」と話す。

有識者会議で劣勢に立たされるNTT

「萩生田氏の失脚は誤算だ」。NTTにとって悲願とも言えた法廃止に向けた流れが整いつつあっただけに、NTT関係者からは落胆の声が漏れる。今後の議論のカギを握るのは、総務省の有識者会議だ。

有識者会議では、NTTのあり方をめぐるテーマを▽ユニバーサルサービス ▽公正競争 ▽ 経済安全保障の3つに分類。それぞれワーキンググループ(WG)で議論を進めて、今夏をメドに答申をまとめる。

一連の会議では一転して、NTTは劣勢に立たされている。顕著なのが、経済安保だ。NTTは、自社の外国人の議決権比率を制限するNTT法上の総量規制を見直し、NTT以外も含めた主要通信事業者を対象に、外為法の個別の投資審査を強化するように求めている。

こうしたNTTの提案に対し、競合他社だけでなく有識者の間でも、否定的な意見が大半を占める。4月24日に開かれたWGでは、有識者から、「経済安保が重視される中で、NTT法の総量規制を撤廃するのは得策ではない」「個社への規制は、公共の利益やNTTが他社にはない資産を持っていることなどで説明がつく」といった指摘が相次いだ。

外為法を所管している財務省も、株式市場への影響や国際関係上の問題から、外為法改正は困難との見解を示しており、NTTはまさに“四面楚歌”の状態だ。

一方、公正競争については、NTTが持つ「特別な資産」の取り扱いが大きな論点となる。特別な資産とは、線路敷設基盤(局舎、電柱、管路、とう道など)や光ファイバーなどの「アクセス回線」といった、他事業者が保有しえない大規模な通信インフラを指す。

競合キャリアは、NTTがこれらの資産の多くを民営化前の公社時代から引き継いだと主張。とくにNTTが持つ光ファイバー網は通信ビジネスに不可欠であることから、NTTへの規制が緩和されることで、自社事業が不利益を被る可能性を懸念する声が多く上がる。

「特別な資産」を手放すか規律維持か

KDDIの幹部は4月23日の公正競争のWGで、「NTTは『純粋な民間会社になりたい』とのメッセージを出している。アクセス(回線)を手放すから普通の会社になりたいというのであれば、その主張はわかるが、NTT東西はそう言わない。NTTがアクセスのインフラを持ち続ける以上は、NTT法による規律はしっかりと維持されるべきだ」と語気を強めた。

端的に言えば、NTT法を廃止するならば、「特別な資産」の分離が必要だとの主張だ。これに対してNTTは、「分離後の会社は投資意欲が働かず、設備効率化やコスト削減が進まなくなり、低廉なサービス確保に支障をきたす」などとして、否定的な考え方を示している。

資本分離については、有識者も慎重なスタンスを採る。4月23日のWGでは、アクセス回線の運営主体が議題になったが、意見はほとんど出なかった。沈黙を破った名古屋大学の林秀弥教授が「アクセス分離については、膨大な議論の蓄積がある。包括的検証をしてからでないと、この場でアクセス分離すべきとか、すべきでないとか、軽々には言えない。非常に重たい課題で意見表明しづらい」との本音を漏らす場面もあった。

経済安保も公正競争もおのおのの意見が真っ向から対立し、最適解は見通しにくい。それに対して議論がより具体化し、今後主戦場になりそうなのが、NTT側が「議論の本丸」(関係者)と位置付けている「ユニバーサルサービス」だ。

ユニバーサルサービスとは、中山間地のような不採算地域を含め、固定電話やブロードバンドといった通信サービスを全国一律で提供するように事業者に義務付ける制度のこと。NTT法では、持ち株会社のNTTと、NTT東日本、NTT西日本に固定電話などの提供責務を定めている。

不採算地域へのサービス提供にはコストがかかり、国が一部費用を支援しているが、それでも発生する多額の赤字をNTT側が負担している実態がある。通信の中心が固定電話から携帯電話へと移行する中で、NTTは「今後は、固定からモバイル(携帯)を軸とした体系に見直すべき」として、他事業者も巻き込んだ制度の抜本的見直しを求めている。

携帯をユニバーサルサービスに位置付けることについて、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの競合キャリア3社は、「海外の事例がほぼない」「国民負担増大につながる」などとして慎重な姿勢を鮮明にする。有識者からも、「時期尚早ではないか」といった意見が出ている。

議論は「これからが山場」

ここでも劣勢に立たされたNTT側は、より提案を具体化させている。

4月23日のWGでは、固定電話を中心とする場合であっても、無線を活用するなどしてユニバーサルサービス制度を一部見直した場合、将来的に大幅な経済合理性が見込まれるとの試算を示した。今後は試算の根拠を検証しつつ、制度見直しの詳細な議論が進むことが見込まれる。

有識者会議では各WGでの議論を踏まえ、今夏に答申をまとめる。政府は答申を踏まえ、自民党側との調整を経て、2025年に向けた最終的な制度改正の方向性を定めていく方針だ。総務省幹部は「議論がどう推移するかまだわからない。これからが山場だ」と話す。

事業者同士がお互いに矛を収める気配のない個々の論点について、丁寧に議論・検証することになれば、さらに大きな政治的意向が働かない限り、今夏までにNTT法廃止のような抜本的な制度改正の方向性を打ち出すのは難しい情勢ともいえる。

一方で改正法の附則には、来年の通常国会で何らかの制度改正を行うことが明記されており、ユニバーサルサービスの見直しを軸とする関連法の改正が、1つの「着地点」になる可能性はありそうだ。

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