インバウンドの盛況が止まらない。2024年1〜3月の訪日外国人観光客は856万人と2019年1〜3月よりも6.3%多く、観光庁が発表した訪日外国人消費動向調査(1次速報)によると、2024年1〜3月期の旅行消費額(推計)は、2019年1〜3月比50%増の1兆7505億円となった。訪日中国人のセグメントについてみると、人数はそこまで回復していないのだが、消費額は一番貢献している。
コロナ禍を乗り越えてきたインバウンドの波に、乗っていきたい自治体や企業も多数あり、筆者のところに、訪日中国人や華僑に関する情報を求める方々も増え続けている。
消費額が増えているのは幻想に過ぎない
しかし、ここであえて注意喚起をしたい。外国人観光客は本当に日本での消費を増やしているだろうか。今の日本は特に富裕層の中華圏の人にとって、「憧れ」から「安いところ」に陥っていないか。これからの日本は、何をもって観光産業を長期的に成長させるべきか。こうした疑問を持って一緒に答えを探りたい。
筆者は、訪日中国人個人旅行がはやり始めた10年前の2014年を100とした訪日外国人観光客全体と訪日中国人の消費額の推移図表を作成してみた。
上の図の日本円ベースで見ると、近年右肩上がりが続き、とても喜ばしい推移になるが、下の図の米ドルおよび人民元のレートで見ると、ビックリするぐらいほとんど変化のないことがわかる。
それがどういう意味かというと、外国人観光客の財布の紐がどんどん緩んでいるというのはあくまで幻想である。現在、円安が進行しているので、「コスパがよくなった」と感じているが、これ以上予算を増やして消費するつもりはないということである。
訪日外国人観光客が増えているので、パイ自体は大きくはなったものの、1人当たりの消費額が変わらないので、消費ポイントを奪い合う状況に変わりはない。
競争が激しくなると、淘汰されるスビートは速くなる。日本は外国人観光客にとってたんなる「安い国」だけではなく、長期的にリピートできるような国になるために、戦略策定やコンテンツ開発がますます必須となってきている。
「みんな日本なら行ける、と言ってる」
「『貧乏人』こそが日本に来ているよ」
そう教えてくれたのは、上海生まれ・上海在住の23歳のAさんだ。彼女はいわゆる典型的な中国大都市の若者で、豊かな家庭環境に恵まれ、努力家でもある。中国トップ3の大学を卒業した後イギリスに1年間留学。両親のことが大好きなので、コロナの影響もあったが、無事に上海にある金融機関で就職した。
先日初めて日本を観光で訪れた。取材に応じてくれた理由は、旅行先で現地に住んでいる人と話をしたいからだそうだ。なぜ日本に来たかを聞く前に、「実は最近中国国内の景気の影響で、若者の就職率も旅行意欲も消費意欲も下がっているのでは?と心配している日本の方々がいて、これからどのようにしてAさんのような若者エリートに来てもらえるかと不安があるようですが」と前置きを説明した。
すると、彼女はビックリした顔で「大丈夫だよ。私のような貧乏人の友達がみんな日本なら行けると言うから、来ると思います!」と即答。
「就職は確かに難しかったけれど、私の周りは(私と同様で学歴も家庭環境もよいので)みんなそこそこいいところに就職している。旅行が好きな人も多いので、それぞれの好みで行く」とAさん。
「ただ、ヨーロッパやアメリカは今すごく高くて、新人の給料だとハードルが高い。タイや韓国は安いが以前行ったこともあり、面白いところも見たのでしばらくは行きたくない。
それを踏まえると、日本が一番。理由の1つは円安でとてもお得感がある。本当のお金持ちは欧米、中東に行くけど、私たちにとって日本は海南島より安いし、手が届く海外なので行きたい。その次に文化。アニメはあまり見ないけれど、桜の投稿に引かれるし、なんか面白そうなので来てみたかった」
そうか。いつの間にか、日本は中国の若者の「憧れ」から「安くていい」観光地に変化してきたのだ。若者にファンになってもらい、リピートしてもらうのは何より重要だが、楽しみや訪日目的は毎回「ユニクロとコンビニのお菓子を買いたい」だけだと長続きしないであろう。
「日本はこんなに安くなっていいのか」
大の日本好き、今まで日本の地方を訪ね、さまざまな消費に貢献してきたB夫婦と4年ぶりに東京で再会した。自営業と金融の仕事をし、年収は少なくとも6000万円ある30代の家族だ。コロナ以来の日本なので、2週間にわたり、子どもを連れ、大阪、白川郷、京都、奈良、名古屋、鎌倉、軽井沢、東京の順で、行きたいところを再訪した。
一番お金を使ったところを聞くと、「もちろんUSJのマリオワールドだよ。3人で30万円のグッズを買っちゃった。その次に軽井沢のアウトレット。日本はこんな安くなっていいのか。心配になってきた」とつぶやいた。
その夫婦が結婚する際に、当初日本でもめずらしいハリーウィンストンの超高級リングを買ったのだが、「免税できるのはもちろん嬉しいよ。でもそれは、ほかの国でもできる。サービスがいい日本でおもてなしを楽しみたくて日本に来て買った」と教えてもらったことがある。では今回はどうか。
「物価が安すぎるし、慣れてしまったこともあってサービスは特にいいとは思わなくなった。6月にまた来るけど、ほかに買うものもないので、もう一度USJに行ってグッズを思い存分買うわ」と教えてくれた。
Aさんに比べると、B夫婦は収入も日本に対する理解も高い。円安でも円高でも、自分がほしいものがあれば為替レートに関係せず消費する。問題は、彼らが求めている「もの」「こと」はまだどのぐらいあるのか、これから、何をもって彼らにこれからもリピートしてもらい、日本の素晴らしさを感じてもらうのか、なのではないかと思った。
これから日本は何を目指すか
筆者はコロナ前から日本のインバウンドにおいて、他国との競争が激しくなるため、「安い」ことではなく、もっと深い文化・価値観につながる戦略を立てる必要があると提唱してきた。
コロナのロックダウンにより、中国国内の観光レベルが急速に向上し、その多くは日本の美意識やスタイルを参考にしている。今まで日本でしか体験できなかった環境は中国のあちこちで楽しむことができるようになっている。
最近では富裕層の開拓に世界が注力しており、ヨーロッパはもちろん、中東、アフリカなど、観光リテラシーの高い若い富裕層の間では中国のこうした新たな観光資源が人気になっている。
日本は、中国に近い先進国として、まず為替レートと関係なく、日本滞在中の1人当たりの消費額を増やす努力をしなければならない。そして、それを一時的な増加だけではなく、長期的に成長させる戦略を立てなければならない。
日本はどういう国だと外国人に知ってもらいたいか、その中にある文化や価値観を軸にどういうテーマを提供できるかーー。それが固まったら、そのテーマを表現できるコンテンツとそれぞれのターゲット、アプローチ方法を定める。実際にアプローチしてみて、効果測定し、改善するというPDCAをつねに実行しなければならない。
そうしないと、日本はいつまで経っても「安い観光地」から脱却できなくなる。為替レートの影響で、本来価値が高いものですらコスト的に「高く」感じられる可能性も出てきており、深い文化の体験をしてもらうハードルが高くなりつつある。
政府、自治体、そして企業は、日本は「本当のお金持ちには物足りなくなってきている」という現実に向き合い、本格的な戦略を練るタイミングなのではないか。
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