5年前の反省はなぜ生かされなかったのか――。
「国内外のお客様からの信頼を裏切る行為であり、ものづくりを担う企業として根幹が問われる、由々しき事態であると重く受け止めております」
4月24日、重工大手IHIの盛田英夫副社長は苦渋の表情を浮かべながらそう陳謝した。100%子会社のIHI原動機が生産する船舶・陸上向けエンジンの燃料消費率のデータが長年にわたり改ざんされていたことが判明したためだ。
確認可能な2003年以降のデータによると、とくに数値の修正が多かった船舶用エンジンでは出荷台数4881台のうち、9割近くに相当する4215台の試運転記録の数値が書き換えられていた。同エンジンは公官庁船や漁船、曳船(タグボート)、内航船などに使われている。
「1980年代後半から」といった証言も
数値の改ざんが行われた現場は、IHI原動機の新潟内燃機工場(新潟市)と太田工場(群馬県太田市)の2カ所。会社側が現場関係者に行ったヒアリングによれば、燃費データをよく見せることや、データのばらつきを整えるために修正していたという。
また、「前任者から引き継いだ」「1980年代後半から不適切な行為があった」といった証言も得られているという。本格的な調査はこれからになるが、40年近くもの長期にわたり、大規模な燃費データの改ざんが行われていた可能性がある。
同日、両社からの報告を受けた国土交通省は、2003年以前の不適切行為の確認も含めた全容解明と再発防止策の策定などを求め、翌日には2つの工場への立ち入り検査を実施した。
IHIが品質不正を起こしたのはこれが初めてではない。2004年に航空機エンジンの整備事業で不適切行為を行い、国交省から業務改善勧告を受けている。また2019年にも同事業で無資格検査を行い、業務改善命令を受けた。
2019年3月の記者会見で、満岡次郎社長(当時)は、「(不正発見に)いいきっかけはあったものの、私どもは残念ながら、機会としては見逃してしまった」と反省の弁を述べている。(詳細は「IHI、不正発見の機会をみすみす逃した重い代償」)
IHIでは、5年前の不適切行為を受けて再発防止策を策定し、全社員に対してコンプライアンス・リカレント教育を実施、そして現場と経営陣による対話活動などを行ってきた。
こうした活動のすべてが無意味だったわけではないようだ。IHI原動機では2023年4月に村角敬社長が就任し、少人数グループでの話し合いの場を持つ中で、今年2月下旬に声を上げた従業員が出た。その申告をきっかけに社内調査を実施し、長年の不適切行為が発覚した。
だが、40年にわたるデータ改ざん、そして前回の航空機エンジンの品質問題から5年。経営陣が不正の実態を把握するまで、あまりに時間がかかったと言わざるをえない。
コンプラ意識をグループに浸透させられず
盛田副社長は、「今回のような長い間ずっとやってきたことはなかなか言葉に出せない。どうやって従業員が安心して言えるようにするか。その仕組み作りが必要」と話す。IHI社員に取材をすると、「過去に買収した企業など、グループ全体への意識改革が行き届いていないのが実態」という声も上がる。
今回不正が発覚した2つの工場は、もともと新潟鐵工所のものだ。東証1部上場の名門企業だったが2001年に倒産し、事業を切り分ける形で、2003年にIHI(当時は石川島播磨重工業)へ原動機事業が承継された。
その後、2019年にIHIグループで原動機を扱う複数の会社を再編し、IHI原動機として再出発している。「IHIによる管理体制は強まったものの、会社の母体となった新潟の旧体制とIHIの新体制ではいまだに距離があり、適切なコミュニケーションが取れていなかったのではないか」(同社員)。
特別調査委員会による詳細な調査はこれからだが、会社側は今回の問題の背景として「コンプライアンス意識の欠如」や「職場風土の問題」を挙げている。グループ全体に深く根差す問題だけに、再発防止策の策定は一筋縄ではいかないだろう。
IHI原動機の売上高は740億円(2023年3月期)、船舶向けエンジンはその5割を占める主力事業だ。同社は近年、赤字と黒字を行き来しており、2023年3月期は18億円の営業赤字だった。
会社側は、「今回書き換えがあった燃費消費率は、エンジンの性能を示すものであり、安全性に直接影響する数値ではない」(盛田副社長)とするが、国交省はNOx(窒素酸化物)規制の順守を確認するまで、IHI原動機への証書交付を停止した。事実上、エンジン出荷が停止する見通しで、業績への悪影響は避けられないだろう。
顧客対応については、過去に出荷したエンジンの交換はせず、顧客ごとに補償の交渉を進めていくものとみられる。今後の補償費用など決算への影響については「精査中」とし、明確なコメントは避けた。
2024年3月期は690億円の赤字に
IHIのグループ全体の売上高は約1.3兆円で、IHI原動機が占める割合は5%程度にすぎない。しかし、IHIグループにとって、今回の品質不正発覚のタイミングは最悪だ。
IHIは昨年、国際共同開発の航空エンジンプロジェクトで約1600億円もの巨額損失を計上、5月8日に公表する2024年3月期決算は690億円の最終赤字に転落する見込みだ(詳細は「IHIの過去最大赤字を招いた『割に合わない』契約」)。
今後は国の防衛予算が膨張する中で、防衛・宇宙分野などでの受注や投資拡大が見込まれる。IHIは、日本、イギリス、イタリアで進める次期戦闘機の国際共同開発プロジェクトに、戦闘機用エンジンの担当企業としても参画する。
巨額赤字からの再起をかけるタイミングで品質不正の問題が再燃したことは、顧客の信頼や生産・開発現場の士気を大きく損なう事態にもつながりかねない。子会社の不正の代償は決して小さくはない。
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。