今年の春闘で33年ぶりに5%を超える賃上げが実現しました。
しかし、私たちが生活する中で身近なものがどんどん値上げされ、生活は楽になりません。実際経済は良くなっていると言えるのでしょうか。
データを見ながら専門家に話しを聞いてみました。
(テレビ朝日報道局 今井友理)
■日本は不況に?低迷する個人消費
日本でその年にどれだけの経済活動が行われたかを示すGDP(国内総生産)は、食費や光熱費、通信費などの個人消費が約5割を占めていて、個人消費が日本の経済に大きく影響を与えていることがわかります。
内閣府 国民経済計算(GDP統計)より作成現在の個人消費はどれだけ活発なのでしょうか。
総務省の家計調査(二人以上の世帯)から作成総務省が発表している家計調査のデータを見ると、消費支出いわゆる生活費は、実質で前年同月を12カ月連続でマイナスに推移していることがわかります。
すでに不況に突入していると言えるのでしょうか。
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■物価上昇率は3%前後が続き、賃上げ分相殺か■家計はスタグフレーション、企業収益は高水準
みずほリサーチ&テクノロジーズ 酒井才介主席エコノミスト「物価高の中での低成長、物価高の中での個人消費の低迷という状況ですので、少なくとも家計目線で言えばスタグフレーション(景気が停滞しているのに物価上昇)に近い状況になっています」
しかし、不況に突入しているかという観点でいうと、
「企業利益は過去最高といっても良いほど高水準で推移していて、株価も好調です。インバウンド需要も回復してきていることから、日本経済全体でみれば不況に入ったとまでは言えないと思います」今後、個人消費も改善され景気は改善していくのでしょうか。
■物価上昇率は3%前後が続き、賃上げ分相殺か
「景気は緩やかに改善すると見ています。個人消費が弱い背景には実質賃金のマイナスが続いているということがありますが、今年の春闘で歴史的にみても大幅な賃上げが実現します。2024年の10-12月期ぐらいには実質賃金の前年比がプラスになると見込まれます。家計からみた所得環境が改善されるということなので、個人消費も緩やかではありますが回復傾向に向かう可能性が高いと見ています」なぜ回復に時間がかかるのでしょうか。
「物価上昇率がなかなか下がらない。当面は消費者物価指数(生鮮食品を除く)でいうと、前年比で3%前後の高い伸びが続くというふうにみています」現状の物価上昇率をみてみると、過去12カ月で2.0%〜3.0%の高水準で推移していることがわかります。酒井氏の見立てではこの状態がこれからもしばらく続くようです。
総務省の消費者物価指数(CPI)から作成 「賃上げもあるので、企業から見れば人件費が上がり、人件費を価格に転嫁する動きが広がります。それから運送業の人手不足が深刻化していく中で物流費が高騰しています。円安が進行し原油価格も上がっていますので、食料品を中心とした幅広い品目で物価上昇圧力が高まってきています」さらには政府の政策も影響していると言います。
「再生エネルギー賦課金の引き上げ、これにより電気代の上昇が見込まれます。6月以降は政府の電気・ガス代の価格抑制策が終わるということになっていますので、これまでより消費者物価の上昇率は下がりにくくなることが予想されます」 「2024年は高い賃上げ率になりましたが、物価上昇率が高い状態が続くことによって賃上げの効果のかなりの部分が物価上昇率の高止まりで相殺されてしまうということが見込まれます」ではこの物価と賃金の関係がどういう状態になることが経済にとって望ましいのでしょうか。
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■「良いもの作って高く売る社会に転換を」■「良いもの作って高く売る社会に転換を」
総務省の消費者物価指数(CPI)、厚生労働省の毎月勤労統計調査から作成現状の物価上昇率と賃金上昇率を比べてみると、物価上昇率はプラスに、実質賃金はマイナスに推移し続けていることがわかります。
経済が安定するためには、実質賃金が物価よりプラスに推移し、それが続いていくというのが本来の理想の姿です。
実質賃金が物価よりプラスに推移するにはどうしたらいいのでしょうか?
「まずは大企業を中心とした労働分配率(人件費の割合)の引き上げです。家計から見れば物価が上がっているということは企業から見れば値上げができているということです。企業のこれまでの値上げなどで蓄えた収益を労働者に還元するといった動きが続けば実質賃金は改善しやすくなります」中小企業については
「労働分配率が大企業と比べてもともと高い中小企業では、労働分配率を引き上げ続けるということは難しいです。そうなると中小企業を中心に労働生産性の上昇が必要になってきます。価格転嫁力の弱い中小企業も含めて社会全体で企業の売り上げを増やしていくことに加えて、労働者のスキルアップ支援、良いものを作って高く売っていくといったビジネスモデルに転換していくことが求められます」実質賃金を上げるということは食費などのモノの価格だけでなく、サービス価格が上昇するということも大きなポイントになります。
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■「沈黙していた家賃」に変化が 3月は0.4%上昇■サービス価格がモノの上昇率を上回る
総務省が発表しているデータを見てみると、過去12カ月でサービス価格がプラスに推移しています。今年の1月にはサービス価格の上昇がモノの価格の上昇率を上回っているのがわかります。
総務省の消費者物価指数(CPI)から作成サービス価格は全体的に上昇しているのでしょうか?
「内訳を見ると、外食、宿泊、携帯電話通信料、外国パック旅行、これらの特定の品目でサービス価格の上昇率の約8割を占めています。一方で4品目以外でも学校の授業料とか美容院代といったところも含めてサービスの品目がじわじわと価格が上がってきています」サービス価格が上昇している要因は一体何なんでしょうか?
「春闘では30年ぶりの高い賃上げが実現しました。つまり人件費の上昇が続いているということです。最低賃金の引上げもあってパートやアルバイトの時給も上がってきています。 サービスは人件費のウエイトが高いので、そういった経済全体の人件費の上昇が徐々に価格に転嫁されつつあります」さらに、今まで上昇することのなかった家賃も上昇し始めています。
■「沈黙していた家賃」に変化が 3月は0.4%上昇
サービス価格の約2割のウエイトを占める家賃が2023年に前年比で25年にプラスに推移しました。東京都区部の民営家賃のデータを見ても2023年10月から徐々に上がってきていることがわかります。
総務省の消費者物価指数(CPI)から作成家賃がこれまでほとんど値上げされてこなかったのはなぜでしょうか。
「日本の家賃は、これまで借地借家法の関係で借りている方の立場が強いという状態になっていて、同意を得ないと継続家賃については引き上げることができませんでした」ではなぜ今家賃が上がってきたのでしょうか。
「これまで過去30年、日本はなかなか物価が上がりませんでした。それが変わってきました。価格を上げてもいいのだという空気が家賃の分野でも波及しています」今後、家賃が上がるということはあるのでしょうか。
「(日本銀行が今後、利上げを行った場合)不動産を買って、ローンを組んで、それを貸しているというオーナーの場合は当然ローンの支払いが増えるので、コストの増加を家賃に転嫁するという可能性が出てきます」■サービス価格の上昇は良いこと?悪いこと?
サービス価格の上昇は経済にとって良いことなのでしょうか。悪いことなのでしょうか。
「原油価格の上昇や円安といった輸入物価の上昇による物価上昇は、外食や宿泊などで影響を受けやすく、消費者の生活を圧迫してしまう要因になりますが、サービス価格が上がっていくという動き自体は、次の賃上げの原資(元となる資金)を用意することに通じます。そして来年以降の消費の持続的な上昇につながる可能性があるという意味において否定されるものではないと考えます」では個人消費が活発になるには具体的にどういったことが必要になるのでしょうか。
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■「賃金も物価も上がらない国」から日本はどう変化する?■「経済の好循環」を作り出すことが必要
日本経済が良くなるということは、賃金が上昇したら消費が増加し、消費が増加したら物価が緩やかに上昇するというサイクルになることです。いわゆる『経済の好循環』を作り出す必要があります。
しかし、今の日本は賃金と物価は上がっているけど個人消費が増えていないという状況です。
「物価は上がっているので、(デフレ脱却を目指した)日本銀行は喜ぶかもしれませんが消費者は全く嬉しくありません。それが今の状況です。労働生産性(労働者1人当たり、または時間当たりの労働で得られる成果を数値化した指標)の上昇を伴う形で持続的に実質賃金が上がっていくことが個人消費の持続的な上昇のためのカギになると考えます。そのためには私たち自身のスキルを高めていくための努力をすることも大事です」さらにこれまで以上にお金を増やす工夫が必要となっています。
「(物価上昇に伴って)預金だけでは実質的に資産が目減りしてしまいます。将来への備えという意味で言うと、(株など)リスク資産への投資をこれまでよりも促進させて、賃金以外に金融資産所得という形で自分たちの所得を確保していくことも大事だと思います」そうはいっても、消費者からすれば投資に回すお金がないのも現実です。経済の動きがめまぐるしく変わっていく中で、自分から様々な情報をキャッチし、自ら判断して対処していくことが必要になります。
■「賃金も物価も上がらない国」から日本はどう変化する?
昨年、今年の経済状況をから見て今後、日本の経済はどうなっていくと予想されるでしょうか。
「2年連続で高い水準の賃上げが実現しそうであるということで、家計の収入も、収入に対する期待値も過去最高水準まで上がってきています。賃金も物価も上がらなかった『過去30年ベアゼロの国』から、賃金も物価も継続的に上がっていく国に日本もようやく変わりつつあります」食料やエネルギーの多くを輸入に頼る日本経済は、海外情勢に大きく左右されます。今世界では紛争が拡大しています。アメリカ経済もいつ揺らぐかわかりません。日本経済は大きな変化の時期を向かえていますが、予断を許さない状況が続きそうです。
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