衆議院選挙では、自民・公明両党をあわせても過半数割れになった。思い切った政策が実現しにくくなる。為替は円安方向に動かされるだろう。金融市場は、11月の米大統領選挙へ関心が移っていくだろうが、日本側の要因では円安・株安の方向にバイアスがかかることが警戒される。

厳しい国民の眼

10月27日に投票が行われた衆議院選挙では、自民党191議席と公明党24議席をあわせて215議席になった。与党の得票数が過半数(233議席)を割り込んでいる。これで、石破政権の政策運営はかなり厳しくなる。

躍進したのは、立憲民主党と国民民主党である。それぞれ立憲民主党148議席、国民民主党28議席で、合計176議席になる。今後、賛否が分かれる法案は、これら野党との協議を経て修正を迫られる場合が増えるであろう。内閣不信任案が提出されるリスクもある。一部のメディアでは、自民・公明党とどこかの野党が連立を組むという予想が語られ始めた。報道には、少数与党は短命政権になるという指摘もある。これらは、マーケットの不安材料になる。

今後、衆院選の敗北によって、石破首相の求心力は低下して、与党内からは来夏の参議院選挙が今の体制で戦えるのかという疑問の声が出るかも知れない。今後の内閣支持率次第では、石破首相の立場が危うくなりそうだ。達観すれば、今回の責任は石破首相自身にあるというよりも、石破首相だけでは前政権からの「負の遺産」を拭い去ることができなかったと理解できる。もしかすると、この不信感は、石破首相が別の誰かに交代しても続く可能性がある。だから、石破政権が防波堤になって、大波を抑え切るしかない。

過去、衆院選で与党が過半数を割ったときは、日経平均株価がその後、下落したという経験則が注目されている。1993年、1996年、2009年はいずれも与党が衆院選で過半数を割った。いずれも不況期の後で株価が不安定な時代だ。今回は、必ずしも不況下・不況後の選挙ではないが、与党の主要政策が通りにくくなる点では、景気情勢に不安感が醸成されやすくなり、目先の株価が下落する可能性は否定できない。とはいえ、11月には米大統領選挙が控えているので、株価の行方はそちらの方に移っていくだろう。

日銀の利上げの行方

金融政策は、微妙に衆院選の影響を受けるかもしれない。日銀の追加利上げは不人気政策なので、石破首相の強い支持があると通りやすい。逆に、首相の支持がなく、反対意見が与党内から出てくると、植田総裁の運営は相当に厳しくなる。現状、日銀は2026年度までの予測期間中に自分たちが想定する通りの経済・物価のシナリオになりそうであれば、段階的に追加利上げを進めていくつもりだ。しかし、追加利上げは景気にマイナス効果を及ぼすので、2025年7月頃に予想される参院選までの利上げは遅れるだろう。石破政権が盤石であれば、2024年内に1回、2025年前半にもう1~2回の利上げができたかもしれないが、そのペースは鈍化せざるを得なくなるだろう。

為替相場では、選挙結果を受けてやや円安に傾いた。背景には、投資家たちが日銀はより慎重姿勢にならざるを得ない状況を織り込んできたからだろう。為替の動きは、11月の雇用統計、米国大統領選挙、FRBの利下げスタンスによっても変わるので、これだけで流れが決まる訳ではない。それでも、日本要因では総じて円安バイアスが働きそうだ。日本にとっては円安方向への変化が輸入物価上昇圧力になる。

警戒される財政拡張

石破首相の政策自由度は、さらに狭まった。当面は秋の経済対策が注目である。補正予算は大規模化するリスクがある。2023年度補正は国費13兆円を上回ることが目途になる。中身は、自民党の選挙公約であった電気ガス代、ガソリン・灯油等の価格支援の延長がある。低所得層への給付金も追加される見通しだ。金融市場の関心は、補正予算の中身がよりばらまき的になるかどうかである。

石破政権にとって、財政運営の自由度は小さい。すでに概算要求が8月に行われて、12月に2025年度予算案がまとめられる。政権の主要政策はこの予算案で実行されるものだから、現時点で独自色のある内容は盛り込みにくい。むしろ、裁量が働くのは、見かけ上の予算規模を膨らませられるかどうかになってしまう。日本の政治には予算規模を膨らませるほど景気刺激的になるという、見た目にこだわる習慣が根強く残っている。もはや給付金などで日本経済が本質的に改善することはないのに、家計向けの減税・給付金がまた繰り返されそうなことは残念でならない。2025年度に何とか見えてきた基礎的財政収支の黒字化(国・地方を併せたPB黒字化)も、前途は危うくなってきた。

今後のスケジュールを確認すると、2025年夏の参院選まで多くのイベントがある。

2024年11月 米大統領選挙
   12月 税制改正大綱
      2025年度政府予算案

2025年1月 米大統領就任(早い時期の首相訪米)
   2~3月 春闘交渉
   4月 大阪万博(10月まで)
   7月 参議院選挙

こうした日程をみれば、予定がかなり詰まっていて、石破政権には考える余裕が十分には与えられていないことがわかると思う。与党過半数割れになったことで、攻めるよりも守る方で手一杯になって、支持を集めるような政策が打ち出しにくいことが心配されている。

石破政権には、そうした中で、事態を挽回するための独自色のある経済政策を打ち出せるかが焦点である。

活路はどこにあるか?

石破首相が、自民党総裁選挙後に失敗してきたことがあるとすれば、それは独自色を消してしまったことだろう。他人の意見に流されていると思われたことは、マイナスに映った。

だから、今から石破首相が採るべき選択肢は、独自色のある政策になる。石破首相自身はまともな金融・財政政策運営を志向する人物である。大方が「また流されるだろう」とみている逆に動くことがチャンスだ。これは、経済政策ではなくとも、対米外交、防衛政策でも同じだ。「失うものは何もない」と覚悟を決めれば、批判を顧みずに自分の政策を実行できる。今は、財政拡張に走るとみられているから、そうした観測に流されずに、アイデア本位に動く。

具体的に言えば、石破首相にとって色が出せるのは地方創生である。現時点では、予算において交付金を倍増させるという方針があるが、そうした量的なものではなく質的な変化を期待したい。地方創生をやろうとすれば、インバウンド戦略や、リモートワークの拡充・支援、工場誘致など、いくつも手はある。地方自治体もそうした国からの支援を期待している。そうしたところに衆目の関心を移せるかどうかにかかっている。ピンチをチャンスに変えることが活路になるだろう。

(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野英生)

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