(ブルームバーグ):日本製鉄によるUSスチール買収計画にバイデン米大統領が近く中止命令を出すとみられる中、日本にとって最大の合併・買収(M&A)市場である米国への投資に二の足を踏む企業が出てくる恐れがあるとの声が上がっている。

日鉄が昨年12月に発表したUSスチールの買収計画を巡っては、対米外国投資委員会(CFIUS)が審査中だが、事情に詳しい複数の関係者によると、バイデン氏はCFIUSの決定が自身に伝えられ次第、阻止する計画だ。

財務長官を議長とするCFIUSは国防長官、国務長官、商務長官などを委員に抱える省庁横断組織で、外国からの投資が国家安全保障上の脅威となるか審査する。CFIUSの勧告に基づき、歴代の米大統領はこれまで計8件の中止命令を出したが、うち7件は買い手が中国企業で、同盟国である日本の企業が対象となれば異例だ。

大統領による過去の中止命令

バイデン政権は、安全保障に関する狭い分野・技術に限定して保護するという「小さな庭と高いフェンス(スモールヤード・ハイフェンス)」の方針を掲げてきた。だが、後継候補であるハリス副大統領への労働組合からの支持を固めるため、全米鉄鋼労働組合(USW)が強く反対する日鉄のUSスチール買収を阻止すれば、転換点となる可能性がある。

シンクタンクの地経学研究所で主任客員研究員を務める山田哲司氏は電話取材で、バイデン氏が2022年の大統領令で定めたCFIUSが重点的に審査すべき分野の中に鉄鋼は入っていなかったと指摘し、「今までは限定してスモールヤードと言っていたのが、一度広くなるとどんどん広くなっていくリスクがある」と述べた。

その上で、実際に中止命令が下されれば「日鉄に限らず、日本の産業界全体にとって不確実性が増す」ほか、自国への投資を増やしたい米国にとっても望ましくないとの見方を示した。

ブルームバーグのデータによると、23年に発表された日本企業によるクロスボーダーのM&A案件のうち、米国企業を対象としたものは全体の37%に当たる394件と最も多かった。金額でも米国が全体の半分超を占めており、中でもUSスチール買収は最大の案件だった。

覆すのは困難

USスチールはあらゆる法的選択肢を追求するとしており、法廷闘争に発展する可能性があるものの、複数の専門家は大統領の中止命令が覆される可能性は低いとの見方を示す。慶応義塾大学院法務研究科の渡井理佳子教授は、大統領の決定は司法審査の対象とならず、いったんその判断が下ってしまえば「それを覆すのは非常に困難だと言わざるを得ない」と述べた。

国際関係論などに詳しいフェリス女学院大学の杉之原真子教授も、同様の理由から日鉄のUSスチール買収の道は「ほぼ閉ざされていると言ってよい」と話した。安全保障に関する当局側の懸念を取り除いた上で新たな買収計画を出して審査してもらう可能性もあるが、米国を象徴する会社を日本企業が買収するのは認められないとの米国における論調を踏まえれば日鉄は「断念するしかない」との見方を示した。

杉之原教授は、トランプ前大統領と違って同盟関係重視の立場を強調してきたバイデン大統領が「経済的な損失になるような判断を政治的理由で下す例を作ってしまっている」と指摘し、日本を含めた友好国との今後の経済関係に影響が出る可能性があるとの考えを示した。

野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストも5日付の自社サイトのコラムで、日鉄によるUSスチール買収が「国家安全保障へ脅威になるとはとても考えにくい」とし、むしろ投資や雇用の拡大に貢献するとの見方を示した。中国に対抗する面でも、日本からの投資を阻止する米政府の姿勢は「日米間の信頼関係に悪影響を与え、将来に禍根を残してしまうことも考えられるのではないか」と続けた。

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