(ブルームバーグ):トヨタ自動車が株式公開買い付け(TOB)を実施してメガバンクや損害保険会社などが持つ政策保有のトヨタ株を取得すると発表した。識者からは株価の急落リスクを回避できるなどのメリットがあり、日本企業が持ち合い解消を進める上で手本になり得るとの見方も出ている。

「個別にやるよりも自己株TOBという形で一気に、還元も進めながらという形で非常に効率的」。トヨタの今回の手法に関してコーポレートファイナンスなどに詳しい清原国際法律事務所の清原健弁護士はこう評価した。

トヨタ本社(愛知県豊田市)


JPモルガン証券の西原里江チーフ日本株ストラテジストは、トヨタが昨年、政策保有株の見直しに本格的に着手する意向を表明したことが「マーケット全体に象徴的な意味合いをもたらした」と指摘。トヨタのTOBが実際に動き出したのは、他の企業にとって「この動きを加速化するイベントに映っているのではないか」と話す。

トヨタが今回の手法に行き着いた過程を発表資料から読み取ることができる。

同社は株主の利益向上を重要な経営方針の一つとして位置付け、これまでも継続的に自社株買いを実施していた。さらなる還元強化を目指して今年1月中旬から4月下旬にかけて規模を拡大する検討を行ったという。

最初に申し出があったのはMS&ADインシュアランスグループホールディングスからだった。1月17日に同社から傘下の保険会社が持つトヨタ株の売却意向について連絡が入り、今回の案件を進めるきっかけのひとつとなった。MS&ADなど大手損保は企業向け共同保険料の事前調整問題を受け、政策保有株をゼロにする方針を打ち出していた。

長年の慣習

トヨタは、経営に対する規律を高める観点からも企業価値向上に資すると売却に応じることを決めた。ただ大量の株式が市場で売却された場合は、需給悪化を招いて株価に悪影響を及ぼす懸念が浮上。自己株TOBであれば、資本効率の改善に寄与するとして同手法を採用し、三菱UFJフィナンシャル・グループや三井住友フィナンシャルグループなど他の株主とも交渉を重ねた上で発表にこぎつけたという。

企業と関係が深い取引先が相互に株式を持ち合うことには、経営陣が敵対的な株主から守られるなどのメリットがあり、日本では長い間慣習として行われてきた。だが、近年は資本効率改善の観点などから解消に向けた取り組みが急速に進んでいる。

トヨタによる今回の自己株TOBは自己株を除く発行済み株式数の2.15%相当を約8068億円で買い付ける巨大な規模の取引となり、株価への影響を抑えながら持ち合い解消を進められるかの試金石になるとの見方もある。

しんきんアセットマネジメント投信の藤原直樹シニアファンドマネジャーはトヨタが政策保有株を大量に削減する実例を示したという点では他社が続く可能性もあるとみる。トヨタと損保の深い関係から「どちらかというと最後の方になりそう」とみていた組み合わせが「このタイミングでやってきたというのは、聖域なくできるようになるかなという感じがした」と話した。

ディスカウントTOB

自己株TOBは事業再編や株式の持ち合いを円滑に進められるメリットがあるが、市場を通じた場合より売買価格が下がって「ディスカウントTOB」になると、批判の対象となることもある。

清原弁護士は、ディスカウントTOB自体は悪いことではなく、トヨタのケースも「これだけの規模を売り出せば市場が崩れる可能性もあり、ステークホルダー間で互いに折衝した上の価格だろう」と理解を示す。ただ、TOB期間中は株価が上昇しにくいだろうと述べた。しんきんアセットの藤原氏も自己株TOBはマーケットインパクトなくできる手法の一つで「お互いが納得できるのであればいいと思う」との考えだ。

一方、トヨタでは未消却の自己株が手元に積み上がっている。ブルームバーグのデータによると、6月末時点で約23億株で議決権はないものの発行済み株式の14.72%にも相当。ホンダなど自動車業界の競合と比べて高い水準となっている。

藤原氏は企業の合併・買収(M&A)など将来のために備えているのかもしれないが、「消却してもらった方がむしろ株式市場に評価されるのではないか」と述べた。

JPモルガンの西原氏は一般論として、東京証券取引所が進める上場企業の資本効率向上などの市場改革を受け、集めた自己株を消却につなげているかという点についての「市場の要求は高まってきている」と話した。

--取材協力:田村康剛.

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