(ブルームバーグ): 額面通りに受け取るなら、ドナルド・トランプ氏の経済政策にはインフレを引き起こす提案が多い。

  米大統領に当選すれば 、財政赤字が膨らむ中で2017年の減税を延長する一方、国境警備隊を派遣して数百万人の不法移民を強制送還し、労働供給を劇的に抑制する可能性がある。10%の全面輸入関税と中国製品への60%の関税導入を推進する可能性もあり、支持グループの中には米連邦準備制度理事会(FRB)の独立性を弱めようとする勢力もあると報じられている。

  幸いなことに、市場はトランプ氏を節度ある方向に誘導することができる。

  週末に暗殺未遂事件が発生し前大統領への支持が高まった後、15日には米長期債の利回りが短期債よりも幾分大きく上昇し、トランプ氏がもたらし得るインフレリスクを市場が認識していることを示した。「トランプトレード」として知られるトレンドは、バイデン大統領の討論会での散々なパフォーマンス以来、勢いを増している。人々が想定するトランプ氏勝利の確率が高まるに伴い、この傾向は続く公算が大きい。

  オンライン予想サイト「プレディクトイット」によれば、トランプ氏がホワイトハウスを奪還する確率は69%で、1カ月前の52%から上昇。トランプ氏と共和党員らは過去3年間のインフレの原因がバイデン大統領と民主党にあると非難しているが、15日の共和党全国大会での発言者たちは、トランプ氏がインフレについてどうやってバイデン政権より良い結果を出すかについて、ほとんど詳細を説明しなかった。

  実際、ムーディーズ・アナリティクスは6月のリポートで、2期目のトランプ政権が誕生し議会で共和党が圧勝した場合、基本シナリオに比べてインフレが加速し、成長率も低下するだろうと予測した。ムーディーズの想定では、トランプ氏は大統領1期目の4年間を踏襲し、主に大統領令を通じて政策を実施しようとする。この動きは法的な挑戦を受けるだろうが、トランプ氏は阻止される前に多くの害を引き起こすことが可能だ。また、大統領令で不可能なことは議会を使って達成することもできる。

  共和党が議会を掌握できないシナリオでも、インフレと失業率は基本シナリオを上回るとムーディーズは推測する。トランプ氏は15日、バンス上院議員(オハイオ州)を副大統領候補に指名した。同氏は元ベンチャーキャピタリストで、「広範な関税」の提案に賛成している。

  それでも、2期目のトランプ政権をモデル化することは、予測不可能なことを予測しようとするようなものだ。前大統領は誇張や全くのうそに走る傾向があり、しばしば心の赴くままに政策を決定しているように見える。トランプ氏の最悪の経済的直感は、他の政府部門によって少なくとも幾らかは抑制されると投資家は概して考えている。

  トランプ氏について分かっていることが一つあるとすれば、同氏が市場で起こることを非常に気にかけているということだ。大統領時代に同氏は、自分の人気と仕事ぶりをリアルタイムで示すバロメーターとして定期的に株式市場に言及した。また、数十年の伝統を破り、パウエルFRB議長に利下げを公に強要しようとした。ありがたいことに、パウエル氏はこれを無視した。

  もしトランプノミクス2.0が現在提案されている内容のまま実現に向かうとすれば、インフレ加速見通しを問題視した債券投資家が奮起し、政府に対する貸出金利の引き上げを要求する「自警団」に変身する可能性は十分にある。

  今月、ポルトガルのシントラで開催された欧州中央銀行(ECB)のフォーラムで、ゴールドマン・サックス・グループのチーフエコノミスト、ヤン・ハッチウス氏は、他のすべての条件が同じならば、トランプ氏の貿易戦争は米国で基本シナリオよりも5回多い利上げにつながる可能性があるとの見方を示した。将来受け取る金銭を現在の価値に換算する割引率は上昇してS&P500種株価指数を圧迫し、住宅ローン金利は高止まりして新大統領の人気を損ねるだろう。トランプ氏が新大統領となるなら、そのような事態の回避を望む公算が大きい。

  非常に公然かつ現在も継続中の中国との対立に限らず、トランプ氏は大統領在任中、さまざまな市場で短期的にボラティリティーを急騰させた。米国、カナダ、メキシコの間でかつて北米自由貿易協定(NAFTA)として知られた合意から離脱すると脅したことは有名で、トランプ氏は不確実性の大波を巻き起こした。メキシコ・ペソは暴落し、自動車メーカーのゼネラル・モーターズ(GM)や鉄道会社のカンザスシティー・サザンの株価は低迷した。しかし結局のところ、新NAFTAである米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)は内容の更新と名称変更にとどまった感が強い。北米で製造する自動車部品の割合が増え、パートナー国の賃金に重要な条件が課されたが、特別な貿易関係は維持された。

  市場のボラティリティーは決して望ましくはなく、思慮深い政策の推進に市場の混乱は不要だ。しかし、多くの国ではそれが実際に起きている。2022年には英国のトラス元首相が財政赤字がすでに高水準だったにもかかわらず大幅な減税を押し通そうとしたため同国の債券市場は大混乱に陥り、トラス氏は就任からわずか49日で辞任に追い込まれた。

  私がジャーナリストとしてのキャリアを開始した中南米では、このような市場のかんしゃくは昔からある話で、ポピュリストが政権を握る選挙につきものだ。かんしゃくはカタルシス(浄化)であり、しばしば真の抑止力として機能する。頑固な理想主義者以外は一般的に、成功の可能性を得るためには市場の優先順位と妥協しなければならないことに気付く。一斉売りはしばしば妥協策を引き出す。

  米国の11月の選挙は明らかに経済や市場以上に大きな意味を持つ。中絶問題、米国と世界の同盟関係、「移民の国」という米国の特徴などに、重大な影響を及ぼすだろう。一方、市場は経済やビジネスに関する一握りの問題に焦点を絞り、多くの矛盾する情報をはかりにかけている。しかし、トランプ氏が当選する場合、同氏の政権がマクロ経済にとってどのような意味を持つのか決定付ける上で、市場は重要な役割を果たすだろう。

(ジョナサン・レビン氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。このコラムの内容は、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:Trumponomics 2.0 Will Awaken Bond Vigilantes: Jonathan Levin(抜粋)

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