(ブルームバーグ): 米国一速く走り世界一のスプリンターになるかもしれないノア・ライルズ選手が最近、日本的なものを披露し話題を呼んだ。同選手は米国のパリ五輪陸上代表選考会で競技前にカメラに向かい「遊戯王」のトレーディングカードを見せ、次のレースでも同じことを行った。
この動画はソーシャルメディア上で瞬く間に拡散された。ライルズ選手は同じく五輪出場を目指す米国人アスリートとこうすると約束。相手の女性アスリートもアニメファンで、選考会で「NARUTO-ナルト-」の一節を引用することを誓っていた。
遊戯王と「幽☆遊☆白書」の区別がつかなくても大丈夫だ(遊戯王は1996年に漫画として始まり、その後アニメやトレーディングカードゲームとして大成功を収めた。幽☆遊☆白書は米ネットフリックスが実写化した漫画の一つだ)。
この現象から得られる重要なことは、日本のソフトパワーがいかに深く現代文化に浸透しているか、そしてそれがどのような機会をもたらすかを認識することだ。
少なくともあるオルタナティブ投資会社は、先手を打った。米ブラックストーンは18日、帝人の上場子会社で電子コミックサービス大手「めちゃコミック」を運営するインフォコムを買収すると発表。1株6060円で株式公開買い付け(TOB)を実施し、最終的に約2758億円で全株取得を目指すという。
米KKRなどの競合他社を退けたと報じられたブラックストーンの買収合意は、成長著しい日本のソフトパワー帝国への海外からの投資としては、これまでで最も重要なものだ。急成長中のこの分野の評価が急上昇していることを浮き彫りにしている。
ゲームやアニメ、漫画と日本のソフトパワーコンテンツの価値は高まる一方だ。いずれは邦画やJ-POPにも関心が広がるかもしれない。
今年のスーパーボウルでのハーフタイムショーに出演した歌手アッシャーが、ファンのリクエストに応えて「呪術廻戦」のキャラクター五条悟のコスプレをしたり、世界最大の外食チェーンであるマクドナルドがアニメと漫画の世界に没入するキャンペーンをしたりするなど、漫画の影響力は至る所に見られる。
にもかかわらず、この市場がどれほど大きくなっているかは、多くの投資家やアナリスト、識者の目に十分届いていない。というのも、漫画の権利は多くの企業に分割されていることが多く、その価値を評価するのが難しいためだ。
創造的破壊
日本のコンテンツ輸出額(主にゲームや漫画、アニメ、映画)は4兆7000億円で、日本の半導体関連輸出額や、今年日本を訪れた外国人観光客(その多くは日本のソフトパワーに触発されて訪日した)の消費額とほぼ同額だ。
この数字はわずか10年で3倍以上に膨れ上がり、政府は今月、2033年までにさらに4倍の20兆円にするという野心的な目標を掲げた。
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)期に爆発的に売れた漫画は、過去3年間で米国におけるグラフィックノベル売り上げの半分以上を占めるようになった。
苦境に立たされる出版業界の寵児(ちょうじ)であり、米国の書店ではますます多くのスペースを占めるようになっている。日本ではブラックストーンの買収が示すように、スマートフォンやデジタルプラットフォームへの読者の移行が進んでいる。
漫画というジャンルになじみのない人にとっては、スーパーヒーローに焦点を絞った若い男性読者向けのアメリカンコミックスと同等の存在に過ぎないと考えたくなるかもしれない。
しかし、マンガの魅力ははるかに多様だ。ウォルト・ディズニーはより幅広い読者層にアピールするため、自社所有のプロパティーを再利用したアプローチを採用しているようだ(長年のファンはしばしば置き去りにされる)。
だが、漫画の幅広さは、ロマンスや「異世界」もの、主人公の成長物語、LGBTQ+といったテーマまで、誰もが楽しめ、Z世代のファンにアピールするのに寄与している。
あらゆる年齢層に人気の伝統的なヒーロー対悪役のコミックシリーズに加え、最近は中世ファンタジーの世界での料理をテーマにした「ダンジョン飯」や厳しい競争が繰り広げられる日本の芸能界を舞台にした「推しの子」もヒットした。
バレーボールを題材にしたアニメ映画「劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦」は、中国の興行収入ランキングで首位を獲得したばかりだ。
米国の企業は新しく、日本の企業はずっと古いという傾向があるビジネスの世界とは対照的に、漫画の世界では印象的な創造的破壊が起きている。
「スパイダーマン」や「バットマン」のようなベストセラーシリーズは、何十年にもわたって延々とリブートされ続けているが、漫画の世界では最長のシリーズでさえ終わってしまう。その結果、昨年米国で最も売れた漫画トップ5のうち4つが2016年以降に出版が開始されたものだ。常に新しいものが登場している。
だが、日本はこのソフトパワーの成功をマネタイズ(収益化)するのに苦労している。アニメも漫画も、クリエイターに支払われる報酬が低いことで知られる。
業界は海賊版とも闘っている(ソニーグループが現在所有する米国のアニメストリーミング大手クランチロールは、無許可コンテンツのホストサイトとして始まった)。人工知能(AI)を駆使した翻訳は、海賊行為をさらに容易にするだろう。
政府の失敗
スキーリゾートから半導体に至るまで、日本企業に見られるここ数十年の特徴として、成長産業であっても投資に消極的であることが挙げられる。
対して、韓国は「ウェブトゥーン」というデジタルコミックの形態をより生かした形で躍進。ネイバーが出資するウェブトゥーン・エンターテインメントは、近く予定されているナスダック上場で26億ドル(約4200億円)以上の評価を求めた。中国もソフトパワーを拡大したいと考えている。
自国のコンテンツが有機的な成功を収めているにもかかわらず、日本政府が打ち出した「クールジャパン」戦略はほとんど失敗したと見なされている。
例えば、世界初の「ドラゴンボール」テーマパークが東京や大阪(あるいは米国やフランス)ではなく、サウジアラビアにできるというのは信じられないことだ。日本のゲーム会社の株式を買い入れるなどしているサウジは、ソフトパワーやスポーツを政治利用する機会を狙っている。
こうした状況において、力を貸してくれるのはブラックストーンのような企業かもしれない。そのリッチさがあまり知られていないこのセクターにチャンスがあふれていることを教えてくれる。
遊戯王のレアカードは数万ドルの値が付くこともある。しかし、コンテンツ資産そのもの、そしてそのクリエイターの価値はそれよりもはるかに高い。
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Blackstone Sees Billions in Manga. You Should Too: Gearoid Reidy (抜粋)
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