5月1日。
モスクワは未明に激しい風と雨に見舞われたが、朝には突き抜けるような青空が広がった。
気温13度。少し肌寒いくらいで、気持ちが良かった
―予定通りですか?
「予定通りです。天気も素晴らしいです。」
会場の外で声をかけてみると、エカテリーナ・セルゲーブナ・ドゥンツォワさん(41)は落ち着いていた。
(ANN取材団)
■門前払いの大統領選挙 結党にも立ちはだかる壁
ドゥンツォワさんはこれまでほぼ無名だった。
去年、ロシア大統領選に出馬を表明。12月に立候補を届け出る姿は全世界に配信された。
反プーチンを掲げた無所属の候補者は予想通り、中央選挙管理委員会に門前払いされた。
最高裁も不服申し立てを棄却し、ドゥンツォワさんは結局、3月の大統領選挙のスタートラインにも立てなかった。
しかし、彼女は戦い続ける。
4カ月かけてロシア全土を回り、「夜明け」を意味する野党「ラススベート」を立ち上げる。5月1日はその設立大会で、ロシア全土50の地域から代表者148人が集まっていた。
「予定通りか」と尋ねたのには理由がある。
もともと設立は3月に予定していたが、土壇場で会場側に圧力がかかりキャンセルせざるを得なかった。今回は、ここまでは順調に進んでいる。
それでも、設立の議事進行前の“ぶら下がり”取材で、記者たちから質問が飛ぶ。
―法務省が今回の大会を認めなかったら? プランBはありますか?
―法務省から指摘があれば修正し、再び会議を開かなくてはなりませんが。
たとえ設立の大会が開催されても、政党が認められる保証はない。
会議の様子を完全に撮影し、党規約の承認から幹部の選出など、すべてが法律に則った手続きであることを証明し、法務省に受理されなければならないのだ。
「動揺はしますが、同時に、全国からこのような楽しい雰囲気で集まる、新しい理由ができることをうれしく思います。」
ドゥンツォワさんは、何度妨害されても、何度でも繰り返すつもりだと強調した。
1日 結党大会で記者に答えるこの新しい政党は、強まる弾圧により、かき消される「反戦」「反プーチン」の住民の声をすくい上げ、彼らをつなげる一定の役割を果たそうとしている。
ドゥンツォワさんがなぜ新党結成に至ったのか。何を目指しているのか。話を聞いた。
落ち着いた声で語る支持者の言葉は、ロシア国民が置かれている息苦しさを映し出していた。
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■反戦を掲げたドゥンツォワさんに届いた市民の本音■反戦を掲げたドゥンツォワさんに届いた市民の本音
支持者の声が新党設立の後押しに…ある高齢女性は、反体制的だと目されるドゥンツォワさんの集会に足を運ぶことをためらいつつもやってきた。
ある時、高齢の女性が私のところに来てこう言ったのです。
「私の家族はベルゴロドにいます。家族のことがとても心配です。自分のこと以上に家族が心配なのです。
じつは、ここに来るのも怖かったし、ナジェージュジンの署名の列に並ぶのも怖かった。彼らは私たち全員を記録するだろうし、そのリストはどこかに配られてしまうだろうから。
にもかかわらず、私は子どもたちに何か起こらないかを、はるかに恐れているのです」
ベルゴロドは、ウクライナとの国境の街だ。いまは毎日のようにドローン攻撃があり、一部では地上戦も行われていると報じられる。ロシア国内で、事実上の戦場と化している地域ともいえる。
女性はそこで暮らす家族の安全が心配でたまらない。早く戦闘が止まることを願うが、「反戦」を口にするのもまた恐ろしいと告白する。
女性が言及しているナジェージュジン氏とは、やはり「反戦」を訴え3月の大統領選に出馬した政治家だ。
彼の出馬を実現させようと、ロシア全土で署名のために長蛇の列ができたことは記憶に新しい。それはロシア国内で事実上禁じられている「反戦」の意思表示の代替手段だった。
しかし署名簿が治安当局の手に渡り、反体制的な人のリストとして活用されたら、どのような不都合な事態が生じるかと考えると恐ろしい。
いま、子どもたちや将来に対する不安から、高齢者の世代が平和を語る政党などに目を向けるようになっているのです。
それは和平交渉、停戦が必要だということです。
■学校を追われた教師たち?
「反戦」の意思表示も困難な中で…政権による締め付けは教育現場にも及ぶ。
学校を辞めたという教師が何人かやってきました。
正確には、定められた形での「大事なことを話そう」の授業を拒否したことで、退職願を書くよう迫られたのです。
「大事なことを話そう」が誤った価値観につながるのはわかっています。
「大事なことを話そう」は、ウクライナ侵攻後の2022年9月から導入された授業だ。
毎週月曜日の1時間目にロシア全土の学校でこの授業の実施が義務付けられている。その内容は愛国心を育むとしつつ、「特別軍事作戦」をあからさまに正当化する。
教師は政府が提示するガイドラインに示された内容を生徒たちに伝えなければならない。たとえば、「特別軍事作戦」は名誉ある任務で、「特別軍事作戦に参加し、国民の義務を果たすことの重要性」を教えるのだ。
これはロシア軍への志願を促すことでもある。時にはウクライナで戦った兵士が学校に来て、授業を行う。独立系メディアによると、殺人などの罪で服役中だったが志願したために恩赦を受けた兵士もやってきて子どもたちに道徳を語っているという。
こうした授業の実施に抵抗すれば、教師は退職願を書かなければならなかったという。
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■ロシアを覆う様々な圧力 書物も次々撤去■ロシアを覆う様々な圧力 書物も次々撤去
ドゥンツォワさんはモスクワの北西トベリ州で2022年まで3年間、地方議員を務めていたが、その前には長年、地元のジャーナリストとして活動していた。メディアや言論に対する圧力にも忸怩たる思いを抱いている。
大規模博覧会で偉人らと並ぶプーチン大統領 わたしもジャーナリストですから、地方や政府系のテレビ局で今も働いている同僚たちが、自分自身を曲げざるを得なくなっていることがよくわかります。
当局から圧力をかけられ、当局の意向にそった報道を半ば強制されている現状を理解している。実際に独立系メディアや記者はスパイを意味する「外国代理人」や「好ましくない組織」に次々と指定され、ロシア国内での活動が制限・禁止されている。
プーチン大統領の再選後の3月から弾圧はあからさまに厳しくなり、連日のように多くの記者やカメラマンが、不明確な理由で拘束される。
プーチン政権が「過激派」とみなすナワリヌイ氏の団体に200ルーブル(=300円ほど)寄付していたという理由で罪に問われる人もいる。
「外国代理人」に指定された作家や記者の著作、LGBTに関する描写がある書物の多くは書店から撤去される。
かろうじて置かれていてもビニールで封をされ「18歳未満禁止」とシールが貼られる。
人口減少を国家的な危機と捉えている政権とロシア正教会は、女性に子供をもっと産めとあからさまに迫り、LGBT運動は国家の敵だとして弾圧の対象にされる。
人気作家ウリツカヤさんの著作にも18歳未満禁止のテープ■居場所を求めた少女の告白
ある少女が私のところに来てこう言ったのです。「私がここに来たのは自分勝手な理由なんです」
私は尋ねました。
「なにが自分勝手なの? 」
彼女はこう答えました。
「私はあなたを理解し、助けてくれる人たちの中にいたいのです」
そして彼女は泣きました。 支持者の言葉を記者に伝えるドゥンツォワさん
いまのロシア社会にその少女を理解し、受け入れてくれる居場所はなかった。
閉塞感に包まれた社会で、こうした人たちに自分は間違っていないと感じられる居場所をつくるためにも、ドゥンツォワさんは自分が新しい党を作ろうと思ったという。
人々は痛みを抱えています。
今、彼らに必要なのは、それぞれの地域で、人間らしく話し、心配していること、望んでいること、夢について話し合うことができる相手を見つけることです。
ウクライナへの侵攻からすでに2年2カ月が過ぎている。
一向に帰宅を許されない動員兵の妻らは、動員解除を求めて声を上げている。
出口の見えない状況は多くの人に強い不安とストレスを与えている。
特別軍事作戦が行われているなかで、多くの人は疑問を抱いています。
いつ終わるのか、夫や子供はいつ戦地から戻れるのかということです。
ゴールはなんなのでしょうか?
いつ終わるのかも何も明らかではなく、この理解不能な感覚の中で、様々な国内の問題が無視されています。
少女が居場所を求めたように、高齢女性が「反戦」を口にすることを恐れるように、いまのロシア社会は「閉塞感」に包まれている。
まるで真綿で首を絞められるように、人びとは自由な表現や発想を奪われる。
ドゥンツォワさんは自分のために集まった人たちが仲間意識や連帯意識を持ち、一体感を失わないよう政党の立ち上げを決意する。
各地の支部設立のためロシア全土を飛びまわり、住民らの声に耳を傾けた。
その活動にも、プーチン政権は圧力をかけ続けていく。
「プーチン大統領に挑んだ反戦候補が語る(後編) 新党結党までの戦いと今後の可能性」に続く
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