昨年、大統領選挙への立候補を阻止されたエカテリーナ・セルゲーブナ・ドゥンツォワさん(41)は、5月1日の新党「ラススベート」の設立大会を開いた。
立ち上げまでにも、当局の圧力や嫌がらせ、資金難など様々な苦難に直面している。
政権側が神経をとがらせるのは、この政党が「反戦世論」の受け皿になるということに加え、じつは、20年以上にわたりプーチン大統領が築いてきた中央集権体制の“弱点”を見据えた活動でもあるからだ。
(ANN取材団)
■度重なる集会の妨害ーー弾圧される理由
大統領選挙への出馬を阻止されたドゥンツォワさんは、政党の結成を目指して政治活動を続けていた。
もちろんこうした試みは、当局からの厳しい弾圧にさらされていて、簡単ではない。
活動の中心は、全国で支持者たちと意見交換をし、各地の支部の役割を確立していくことだが、嫌がらせや圧力とみられる事態にたびたび直面する。
もともと、「ラススベート(夜明け)」の結党大会は3月に予定されていたが、直前に会場のホテルが「暖房システムに問題が発生した」と伝えてきたことから、延期を余儀なくされた。
明らかに圧力がかかった結果だ。
集会の開催は容易ではありません。
多くの人が集会の開催を恐れ、さまざまな理由で拒否します。
例えばパイプの破裂とか、電気が止まったとかです。
だから地元の主催者と常に連絡を取り合っています。
人を集めるためには人手と資金が必要であることは明らかです。
最近では、4月21日、エカテリンブルクの集会に地元警察が突然立ち入り調査を始めた。
理由は、参加者の中に過激派がいるというもので、一人一人のパスポートチェックが始まったが、結果的に過激派は見つからなかった。
私たちはただ行儀よく書類のチェックが終わるまで待っていたわけではありません。
残っている人たちと話しました。
警察は「どういうことだ。 私たちが捜査しているのに、彼らは議論を続けているぞ」って。
私にとって重要なのは、私の答えを聞きたくてやって来た人たちの質問に答えることです。
私たちは対話を続けます。 エカテリンブルクの集会 警察が入ってきても対話を続けた
「何も法を犯すことなどしていないのだから怖いはずもない」
そういってドゥンツォワさんは、支援者を不安に陥らせないように、毅然と対応する。
ウファ、チェリャビンスク、ムルマンスクなど広大なロシアのどこでトラブルや妨害にあっても、バーやカフェや通りが即席の対話場所になった。
場所はまったく関係ありません。
大切なのは、話しあえる人がいることです。
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■プーチン政権のからくり――愛国心=プーチン支持■プーチン政権のからくり――愛国心=プーチン支持
当局が弾圧を繰り返すのは、それだけ新しい政党の誕生を警戒していることの裏返しでもある。
大統領選も終わりプーチン氏は2030年まで事実上安泰だ。「ラススベート」はまだ小規模な人びとの集まりに過ぎない。
にもかかわらず、政権側が神経をとがらせるのは、どのような理由があるのだろうか?
ドゥンツォワさんは、プーチン政権の統治のからくりは、愛国心=プーチン支持と同一視していることだと指摘する。
いま国旗を見たり国歌を聞いたりすると、トップにいて権力を握る特定の人たちを思い浮かべます。
とても悲しいことですが、これが私たちが経験している愛国心なのです。
愛国心とプーチン支持の同一視は、ウクライナ侵攻後にさらに強まっているが、いまに始まったわけではない。
「(政権が)すべて考えてあげる。すべて解決してあげる」
長年、私たちはプロパガンダを通じてこう言われ続けてきました。
「何かが起こっても、何をすべきかを指示してくれる大統領がいる」と。
こうして、“中央集権化”が始まったのです。 「大統領があらゆる問題を解決する」という幻想
ドゥンツォワさんの指摘通り、プーチン大統領は20年以上にわたって「大統領がすべてを解決する」という幻想を作り上げてきた。
年末に行う「国民との直接対話」では、地域住民が抱える課題をプーチン大統領に訴え、その場で解決を図る様子を生放送で映し出す。プーチン大統領は、あらゆる問題を解決する能力を持ち、現政権を支持することが社会の安定につながるのだというアピールだ。
確かにプーチン政権下のロシアでは2000年代、原油高なども手伝い経済を発展させ、安定を築いてきた。とくにソ連崩壊後の1990年代の社会的カオスを記憶し、安定と秩序を強く求める高齢者たちはプーチン大統領を信じたい思いが強い。
しかし今では、プーチン大統領はウクライナへの侵攻を始め、西側からの大規模な経済制裁を受け、部分的な動員まで行い、明らかに社会の「安定」を損ねているのではないか?
にもかかわらず、国営メディアはプーチン政権こそ「安定」なのだと主張し続けている。
ドゥンツォワさんは、皮肉交じりに指摘する。
これまで「戦争を避けるために、プーチンに投票しよう」とスローガンを掲げていたのに、なぜ人は今も支持し続けるのでしょうか?
いまはこんなロジックです。
「プーチンが始めたので、プーチンが終わらせてくれる」 取材団に語り掛けるドゥンツォワさん
20年以上に及ぶプーチン氏の支配に慣れた多くのロシア人は、どこまでもプーチン大統領頼みで、あえて自己主張や疑問を持つことを止めた。
ウクライナへの侵攻は長期化しているけれど、多くのロシア人にとって急激なインフレさえどうにかやり過ごせば、今のところ飢えることはない。実際にプーチン大統領はここぞとばかりにロシア経済は強固だと繰り返し、自分が政権を維持することが社会の安定を生み出すという主張を繰り返している。
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■「助けてプーチン」…見捨てられる人びと?■「助けてプーチン」…見捨てられる人びと?
しかし、プーチン大統領がすべてを解決してくれるという「幻想」の効果が持続するのは、プーチン大統領が本当にロシアの人びとに向き合える間だけだ。
国営メディアの主張を受け入れてきた人たちも、プーチン大統領にすべてを委ねてはいられないことに気づきだしているとドゥンツォワさんは指摘する。
私たちは今、水害、洪水、ダムの決壊を目の当たりにしています。
真冬にはクレムリンから 40 km の場所で、焚火で暖をとらなければならないのです。
21世紀の時代にこんなことが起こるのはナンセンスです。 人びとは、誰も自分の話を聞いてくれていない、見捨てられたと感じています。 洪水に苦しむオルスクの住民が助けを求めて抗議(ナワリヌイ氏陣営のXから)
4月、ロシア南部を襲った洪水は、甚大な被害を出している。
ロシア南部オレンブルク州のオルスクでは4月5日夜にダムが決壊、一夜にして数千人が避難を余儀なくされた。
8日午後、治安部隊の警告にもかかわらず、数百人の住民がオルスクの市庁舎近くの広場に集結した。洪水被害への支払いが少ないことに不満を示し、「恥を知れ」とシュプレヒコールを上げた。
そして同時に「助けてプーチン」と呼びかけた。しかし、具体的な救いの手はないまま被害は拡大し続け、水が引いた後も飲み水の確保も困難な状況が続く。
4月21日には、「夫は戦死した。なんのために死んだんだ。お前の息子は動員を逃れドバイで暮らしている」と地元の首長に怒りをぶつける女性の動画が一気に拡散した。
ドゥンツォワさんが指摘するように人々は「見捨てられた」と感じはじめている。
ウクライナへの侵攻の影で様々な国内問題が放置されることで、「プーチン神話」は崩れ始めているともいえる。
■「責任を分かち合い、支援し合う」地方自治の復活
「ラススベート」は、「見捨てられた」と感じる人びとに意識的に寄り添う。
地域支部は、洪水被害者にむけた募金活動をし、避難所向けのマットレスやシーツなど支援物資を即座に届けた。
プーチン大統領に頼るのではなく、地域住民が連帯して自分たちでどうにかして事態を乗り切ろうとする動きを後押ししているのだ。
本来ならば、地方自治体がこうした支援の中核となるはずだが、ロシアではほとんど機能しない。プーチン氏が自らに権力を集中させるために中央集権化を図り、首長の任命制の導入など制度的に議会や地方自治を形骸化させてきたからだ。
ドゥンツォワさんは、2019年から2022年にかけて地方議員を務め、地方自治体の形骸化の現実を目の当たりにしている。
長年にわたり地域住民は、主導権を失ってきました。
いま、私たちが地域コミュニティに集まって意思決定を行うのは特殊なケースでしょう。「ラススベート」は、自発性と責任を重視し、同じ志を持った人同士で、責任を分かち合い、支援しあいます。 地域の清掃活動で集まる「ラススベート」の参加者
「ラススベート」は、ほかにもバシキルやタタールといった地域ではそれぞれの民族の言語教育の拡充を訴える住民に耳を傾けるなど、さまざまな地域の課題に目を向け、解決策を住民たちと探っている。
プーチン大統領に権力を集中させ解決策をゆだねるのではなく、自分たちで問題を解決しようと努力する姿勢は、地方自治の復活につながる。
いいかえれば、全国に支部を持つ「ラススベート」の創設は、プーチン氏が自らの支配を確立するために20年以上かけて形骸化した社会の中間組織を復活させる試みでもある。
■「トップを変えるだけでは何も変わらない」
ロシアでは、いまの中央集権体制が変わらない限り「プーチンがいなくなってもまた別のプーチンが現れる」ともいわれる。
そんな悲観的な予測を打ち消すには、少しずつでも社会構造を変えていくしない。
ドゥンツォワさんによると、「ラススベート」の参加者はで最も目立つのは若者だが、親子で参加したり、祖父母世代の高齢者もやって来たりするという。
普段、国営メディアしかみないような高齢者が、ラススベートのことを知り集会にやってくるのは、子どもや孫から情報を聞いてのことだという。まさに個人の活動が家族、周辺へと広がっている。
ドゥンツォワさんは、自分自身が変わり、周辺を変えていくことで今のロシア社会を変えていきたいと力を込める。
ドゥンツォワさんは人々をつないでいきたいと話す トップを変えるだけでは何も変わりません。変化は私たち一人一人から始めなければならないのです。
それは少しずつです。
私から、家族へ、お隣さんへ、建物全体へとどんどん広がっていきます。
プーチン大統領に挑んだ反戦候補が語る(前編) 新党結党を後押ししたロシア国民の声
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