中国に、「女性の国」と呼ばれる場所があります。そこでは「女が働き、男は毎日遊んで暮らしている」「男女は結婚せず、自由恋愛を楽しんでいる」…らしい。いったいどんな「国」なのか?たずねてみました。
1500年前から「母から娘へ」…女性が「家長」の民族
中国南部、雲南省(うんなんしょう)。険しい山をいくつも超えた先に現れたのは、真っ青な湖。瀘沽湖(ろここ)です。そのほとりに、「女性の国」はありました。
ここで暮らすのは、少数民族「モソ族」。約5万人がほぼ自給自足に近い生活を送っています。
なぜ「女性の国」と呼ばれるのか。答えを求めて、ある家族を訪ねてみました。出迎えてくれたのは、87歳のアールツァーマーさんです。
「40代の頃は、私が一家の大黒柱でした。私の母も、その母もそうでした。代々、モソ族は女性が家長をつとめているのです。女性が主導権を握るのです」
1500年以上続く伝統で、土地も財産もすべて母から娘へと女性が代々相続します。これが「女性の国」と呼ばれるゆえんです。
アールツァーマーさん
「昔からこの村では女がいなければ家族は生きていけなかった。女はちゃんと計画を立てて、管理ができる。女が一家の主でなくてはならないし、尊敬されなくてはならない。それが私たちの習慣なのです」
高齢になったアールツァーマーさんに代わり、今、家長として取り仕切っているのは孫のガータさん(42)。
家事に加え、お金の管理や冠婚葬祭など、家のことすべてに責任を負っています。
ガータさん
「モソの女性はとても大変です。家族のことを常に考え、いろいろな手配もしなくてはなりませんから。ただ、家長という権威があれば、それに伴う責任も重いということで仕方がないですね」
「女性はお金をきっちりと管理しますし、とにかく家族のために貯蓄をします。無駄遣いもしませんから、家長に向いていると思います」
ーー男性は家長をやりたがったりしませんか?
ガータさん
「大家族の財産を管理するのは大変なことなんです。なので男はやりたがらない(笑)」
ガータさんの家は87歳の祖母を筆頭に4世代13人が暮らしています。男性が代々家を継ぐ「家父長制」の中国では、男の子が生まれると喜ばれる傾向にありますが、モソ族の間では逆に女の子が生まれると「家が繁栄する」と喜ばれるそうです。
ガータさん
「ここでは女性は尊敬されていると思います。男性たちも母親の意見や立場を尊重しています」
男性は夜だけ女性のもとへ…「結婚」ではなく「通い婚」
さらにユニークなのはモソ族には「結婚」という概念がないことです。
こちらの男性、ショウさんはガータさんの夫にあたりますが、2人は結婚していません。
ショウさん(47)
「私たちは夜だけ一緒に過ごして、昼間はそれぞれ自分の家で過ごすのです」
男性は普段自分の母親の家で暮らし、夜だけ女性のもとを訪れる。いわば「通い婚」です。
ガータさん
「毎日一緒にいると些細なことで喧嘩になりますが、私たちは独立した関係ですから、そういうことはないですね。結婚していないので離婚もありません。お互いに気が合わなくなったら、会わなければいいだけです」
もちろん、家のことを手伝ってもらいたいとき、話がしたいときは昼間でも「夫」は「妻」の家にやってきます。この日も、スズメバチの巣の撤去や家庭菜園の手入れなどを手伝っていました。力仕事は主に男性の仕事だそうです。
子どもが2人いますが、ガータさんの姓を名乗り、ガータさんの家族のもとで育てられています。ショウさんは子育てに責任を負わず、養育費も払いません。
ショウさん
「自分が稼いだお金は、自分の母親の家に入れます。母親の家で一緒に暮らす姉妹の子どもたちのためにお金は使います」
確かにこの制度だと嫁姑問題も発生せず、子どもの親権を争うこともない。「婚外子」もいないし、財産でもめることもない。息子も娘も実家に残るので、親が一人になることもない。極めて合理的な制度に見えます。
「自分の子どもより姉妹の子どもに愛情を感じる」
ガータさんの家には、家長である祖母の息子、つまりガータさんのおじさんが一緒に暮らしています。彼も外に「妻と子ども」がおり、月に2、3回、妻のもとに通っています。
「モソの男は気楽で自由」と笑いますが、子どもの成長を側で見守りたいという気持ちは生まれないのでしょうか?
「私にとって大事なのは、姉や妹の子どもたちの成長を助けることです。もちろん自分の子どもにも愛情はありますが、それ以上に姉妹の子どもに対する愛情の方が深いのです」
家長を女性が務めることについても「女性の方が細やかで思いやりがあり、家をうまく管理できるから」といい、「自分たちが家長になりたいとは思わない」ときっぱり。「母から娘へと家が受け継がれることで、家が分裂したり、財産が分散することもありません。結果、富が集中し、家が豊かになるのですから、良いやり方だと思います」
モソ族は「自由恋愛」…俗説が流布したわけ
1500年にわたり続いてきたモソ族の「通い婚」制度。実は「女性は複数の男性を同時に選べる」とか、「男性はたくさんの女性と交際できる」とか、様々な「俗説」が流布しています。そのため「性に乱れた民族」という好奇の目にさらされることもあるそうです。
これについて、モソ族の文化を研究している博物館の欧冠葳 副館長は「モソ族は大変恥ずかしがり屋で、誰と誰が通い婚をしているなどを人に話すことさえ、はばかるような人たちです」と説明。「モソの9割は生涯を通じ、1人のパートナーしか持ちません」。俗説が広がった背景には、観光客が喜ぶように面白おかしく男女関係を語る観光ガイドの存在が大きいといいます。
観光客を乗せるボートを湖で漕いでいる28歳の男性。彼もまた「通い婚」をしています。
モソ族では正式に「夫婦」になると決める前に女性の家を訪れることはなく、多くの女性と同時に付き合うこともないといいます。
「モソの男性は誠実です。なぜなら私たちはチベット仏教を信仰しており、道徳的に外れたことをするのは、許されていないからです。漢族の人たちは私たちの習慣を理解できないと言いますが、女系社会は良い習慣であり、尊重すべきだと思います」
「毎日遊んで暮らす」自由すぎるモソの男たち
モソ族の男性たちは毎日遊んで暮らしている…。この説はどうなのでしょうか。ショウさんに「普段はどうしているのか」聞いてみると「ほとんど遊んでます」と即答。この日も午前9時だというのにこれから友達の家にトランプをしに行くと言います。彼女は怒らないのでしょうか?
ショウさん
「なんで怒るの?遊んでても怒らないよ。彼女は何も言わないよ。モソの男は自由で楽しいよ」
なんとも気楽なモソの男たち。時々観光客相手にボートを漕いで稼いだお金は、母親の家にいれ、遊ぶお金は母親からもらうそうです。
一方で、女性も自由です。ガータさんも夜は友達と飲みに行くし、やりたくない時は家事もしない。ご飯も作らない。なので「夫」が遊んでいても気にならないのだそうです。
「女系家族」が生まれたワケ
なぜ、世界でも珍しい「女系」の伝統が生まれたのでしょうか。
モソ族の文化を研究している博物館の欧冠葳 副館長は、▼山に囲まれた閉鎖的な環境だったことや、▼農地や資源が乏しく、ほかの民族との争いがなかったことなどから女系の習慣が守られてきたのではないかと指摘します。
「モソ族には、男だからこうすべき、女だからこうすべき、がありません。とても柔軟性がある民族だと思います。子どもを育てる権利と財産を相続する権利を女性が継ぐだけであって、女性がより高い地位にあるということではなく、常に男女は平等なのです」
伝統にも変化が…「結婚」を選ぶ若者たち
しかし、若い人たちの考えは変わってきているようです。
こちらの夫婦は「通い婚」ではなく、結婚を選びました。結婚して1年。5か月の子どもがいます。
夫(27)
「結婚してよかったです。いつも子どものそばにいられますから。それが子どもにとっても一番いいことだと思います」
妻(27)
「一緒に暮らせば子どものことで喧嘩もしますが、私は家族一緒でいま、幸せだと思います」
村を出て、外の世界を知った若者を中心に今ではおよそ3分1のモソ族が「結婚」を選ぶそうです。代々、女性が家を継いできたモソ族。結婚をして家を出ることに抵抗はなかったのでしょうか?
妻
「お互いの家も近いですし、私には3人の姉妹がいますので、ほかの姉妹が家を継いでくれますし、心配はありませんでした。家族も理解してくれました」
押し寄せる時代の変化の波。
こちらの女性はモソ族の伝統的な織物を織り続けています。100種類以上あるというモソ伝統の模様。そのすべてを織れるのは、彼女一人になってしまったそうです。
女性(60)
「村の様子はここ10年で変化しました。道路もでき、交通の便もよくなりました。観光客も増え、モソの人たちの生活も向上しました。一方で、結婚についての考え方も変わりました。若い人には若い人の考え方があるのでしょう」
結婚が大変な漢族の男性は「モソ族がうらやましい」
日本と同じように、家父長制がまだまだ根強い中国。漢族の人たちはどう思っているのでしょうか。
漢族の男性
「うらやましいですね。漢族の男性は、結納金とかマンションとか車とか、とにかく結婚にお金がかかります。子育てにも、です。大変な重圧です。ですからモソ族の制度をもっと広げたほうがいいです」
漢族の女性
「男女が平等でとてもいいと思います。男女の調和がとれている。彼らのやり方は先進的で、理想的なものだと思います。嫁姑問題もないし、子どもを奪い合うこともない。学ぶ点が多いと思います」
ガータさんはいいます。
「モソ族の女性は自由だと思います。働きたいなら働くし、休みたかったら休めばいい。誰も生き方を縛る人はいないし、家族みんなが楽しく暮らせばいいのです」
取材後記:
「男は稼ぎ、女性は家庭」「何歳までに結婚しなくてはならない」「離婚は世間体がよくない」「子どもは産まなくてはならない」「跡継ぎは男の子でないと」
私たちの社会は「こうあるべき」という暗黙のルール、暗黙の圧力にあふれている。
「どうあるべきか」より「どうしたらもっと幸せに生きられるのか」
モソ族の生き方は、私たちをがんじがらめにしている「あるべき」概念を打ち砕き、「もっと自由に、合理的に生きたらいい」と教えてくれる。
JNN北京支局長 立山芽以子
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