イスラエル軍とイスラム組織ハマスとの戦闘開始から200日以上が経過したが、パレスチナ自治区ガザ地区ではいまだにイスラエル人ら100人近くが拘束されている。日本人の夫を持ち、日本在住歴も長い町川エフラットさん（55）の叔父、ガディ・モーゼスさん（80）もその一人だ。ネタニヤフ政権はハマス「撲滅」のために戦闘を継続しているが「最も大切なのは人質の命だ。今すぐ戦闘をやめるべきだ」と訴える。
叔父のモーゼスさんは昨年10月、イスラエル南部の集落、ニルオズの自宅から連れ去られた。町川さんは「想像を超えた出来事で、呼吸が止まった。一体誰が何のために。理解するのに時間がかかった」と振り返る。ニルオズはガザから約2キロの場所にあり、約400人が暮らす。パレスチナとの「2国家共存」を掲げる左派政党の支持が高い地域だったが、ハマスの奇襲で約4分の1が殺害もしくは人質に取られた。
モーゼスさんは、イスラエル農水省などに勤務した農業の専門家だった。第2次インティファーダ（対イスラエル民衆蜂起）が起こる前の1990年代半ばまでは、ニルオズに訪れたガザの労働者に、農業や排水の技術を教えるなど交流を重ねた。それだけに町川さんはハマスの行為を「平和や人間への信頼を裏切られた思いだ」と吐露する。
町川さんは「テロは根絶しなければいけない」としつつも「叔父を含めた人質の命に代わるものはない。いかなることをしてでも、家に帰してほしい」と訴える。ハマスとの戦闘を続けるネタニヤフ政権については「戦闘開始から半年が過ぎており、政権のやり方がうまくいっていないのは明らかだ。首相は他の人が担うべきだ」と指摘した。
イスラエルは長期間、ヨルダン川西岸の軍事占領を続けており、2007年からはガザ地区を「封鎖」している。このことがハマスが越境攻撃に出た原因の一つとされるが、町川さんは「（パレスチナ人と）より良い近隣関係を築くため、もっと適切な対応を取れる優秀な人材がイスラエルにはたくさんいる」と述べた。その上で「解決策は戦争ではなく交渉だ。『敵』とされている相手でも平和を構築できると、私たちは希望を持ち続けなければいけない」と語った。
町川さんは20歳で来日し、学校職員などとして20年以上、日本で暮らした。22～23年には在日イスラエル大使館で勤務し、23年4月に帰国した。町川さんは日本を「社会人として大切な経験をした場所」と振り返り、「イスラエル人がこの戦争で感じた恐怖や痛みを、多くの日本人に理解してほしい」と訴えた。
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イスラエルでは毎週末、商都テルアビブやエルサレムなどで、戦闘より人質解放を優先するよう求め、ネタニヤフ政権の退陣を求める抗議デモが開かれている。デモは数千人から数万人が参加し、政権への圧力を強めている。
ネタニヤフ政権は極右、右派、宗教政党の連立政権で、特に極右閣僚は人質よりハマス壊滅を優先することを主張。ネタニヤフ首相は「人質解放とハマス壊滅を両立させる」と主張しながらも、ハマスとの戦闘を重視しているとされる。人質の中には体力のない子供や高齢者が含まれ、人質の家族たちは「時間切れ」になることに焦りを募らせる。町川さんの叔父モーゼスさんも持病があり、薬の服用が欠かせないが、高齢のため薬を入手できているかは定かではない。
国民の間では、汚職疑惑で起訴されているネタニヤフ氏が裁判所の審理を有利に運ぶため、首相の座に居座り、戦争を続けているとの見方が広がる。イスラエルメディアが4月に実施した世論調査によると、ハマスとの戦闘を継続している主な要因について、49％がネタニヤフ氏の個人的な利害だと指摘。国益のためと考えている人は35％にとどまった。
4月にエルサレムのデモに参加したオーロラ・ズスマンさん（59）は「ネタニヤフ氏は自分自身を守るために戦争を利用し、その犠牲を多くの兵士や市民が払っている」と主張した。
ハマスの越境攻撃がイスラエル国内に与えた衝撃は大きく、戦闘停止を求める声は主流にはなっていない。ただ人質解放や戦闘終結などの出口が見えない今、国民の間には政権への不満と「戦争疲れ」が広がる。
イスラエルとハマスの戦闘では、これまでにイスラエル側で約1300人、ガザ側で約3万4000人以上が死亡している。【エルサレム松岡大地】
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