無人となった大統領宮殿=シリア・ダマスカスで2024年12月13日、和田大典撮影
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 反体制派による攻勢で政権の座を追われたシリアのアサド大統領は、首都ダマスカス中心部の高級住宅街に自宅を持ち、裕福な暮らしを送っていた。13日にこの邸宅を取材すると、内部は既に荒らされ、床には書類や本などが散乱していた。地下には非常時の脱出用とみられる長い通路や部屋もあり、内戦下の独裁者の生活ぶりが垣間見えた。

 アサド氏は隣り合った二つの邸宅を所有し、家族や親族と一緒に住んでいた。反体制派が首都を制圧した8日、家族とロシアへ亡命したとされる。

バッシャール・アサド大統領の車がおかれている車庫近くにある馬に乗った父ハフェズ・アサド氏の象。アサド政権崩壊後、首から上を切られた=シリア・ダマスカスで2024年12月13日、和田大典撮影
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 建物はそれぞれ4階建てと5階建てで、リビングやキッチンなどのほか、ジェットバスやジムもある。残された家具や鏡などは破壊され、床にはガラスや紙切れなどが散らばっていた。中には、10年以上前の親族名義の高級ホテルの領収書や、連立方程式などの数学の問題が書かれた子供の勉強ノートとみられる紙切れもあった。

 建物の地下通路は少なくとも長さ100メートル以上とみられ、会議室のような部屋などが並んでいた。キッチン、トイレ、寝室もあり、非常時の避難場所として使っていたようだ。出口は鉄の扉でふさがれており、施錠されていた。

物が散乱したままのアサド大統領の邸宅=シリア・ダマスカスで2024年12月13日、和田大典撮影
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 邸宅前で警備に当たっていた反体制派の戦闘員、アハマドさん(25)は「(アサド氏は)王様のような暮らしをしていたが、最後は逃げた。これが独裁の末路だ」と語った。

 数キロ離れた大統領宮殿でも、混乱に乗じて多くの人が中に入り、破壊行為を繰り返したという。近くにあるアサド氏の専用ガレージでは、クラシックカーやスポーツカー、所有していた馬を運ぶトラックなど50台以上が放置され、一部はバッテリーが取り出されていた。【ダマスカス金子淳】

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