日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収が大きな話題となっているが、このUSスチールの本社があるのはピッツバーグ。ペンシルべニア州第2の都市だ。ペンシルべニア州といえば共和党と民主党が拮抗し選挙の度に揺れ動くスイングステートの代表格で、今回も勝敗のカギとして注目されている。このペンシルべニアを番組キャスター松原耕二が訪れた。すると興味深い現実が見えてきた。
「トランプは振り返ってくれた」
ペンシルベニアは”アメリカの縮図”だという。フィラデルフィア、ピッツバーグは大都市で比較的リベラル。一方それ以外の地域はアラバマ州のごとくゴリゴリの保守的。
その縮図の州はかつてオバマを勝たせ、次にトランプを押し、前回の選挙ではバイデンに勝利をもたらせた。まさに“スイング”しながらもペンシルベニアを取った候補が勝つ構図を確立してきた。
まず松原キャスターが訪ねたのはピッツバーグの南に位置するモネッセンという町。
かつて製鉄所が立ち並び活気に満ちた世界最大級の鉄鋼の町だった。しかし1980年代になると外国産の安い鉄に押され斜陽に…。いつしか“ラストベルト(=錆びた工業地帯)”と呼ばれるようになった。松原は8年前にもここを訪れている。トランプ氏がラストベルトの労働者たちの心を掴み激戦を勝ち抜いた年だ。
この時松原はトランプ氏を町に招へいした市長を訪ねインタビューしている。当時市長は意気軒昂に語っていた。
ルー・マブラキス市長(2016年当時)
「(トランプ氏の)反グローバリズムは大賛成。世界経済が私たちやこの町に何をしてくれた。何もしないどころっか破滅に追いやられた。トランプ氏は皆が聞きたかった言葉を言った」
“トランプは振り返ってくれた”それだけで市長は長年の民主党支持を止めた。
あれから8年たって、再びマブラキス氏を訪ねた。
既に市長を退いていた。松原が「トランプはこの町に何かしてくれた?」と尋ねる。すると…。
ルー・マブラキス 元モネッセン市長
「いいえ、何もしていない。私たちは何も得られなかった。失望というより怒りを感じている。彼はウソをつき、ウソをつき、ウソをつき続ける…」
驚くほど激しいトランプ非難。マブラキス氏は前回の選挙ではバイデンに入れ、今回もハリスに決めているという。マブラキス氏はバイデン政権が「アメリカ救済計画」を打ち上げ、この市のためにも補助金を出したのだという。8年前に廃墟となっていた場所に行ってみると…
その補助金でやれたのはいくつかの廃墟がいくつか撤去され更地になり、景観がいくぶん整理されただけ。活況とは程遠い状態だった。まだまだ閉鎖されたままの店、建物が目立ち、朽ち果てた建造物も点在する。当時市長と共にトランプ氏を町に呼んだアルミ加工工場の社長はこの状況をどう思うのか。訪ねてみた。
マブラキス氏とは全く逆の反応だった。彼は、町がかつての活況を取り戻すとは考えていないが、トランプ氏は労働者のために動いてくれたと話す。
アルミ加工工場 ゲイブ・フードック社長
「トランプ氏は私に言った『大統領になったらこの貿易問題を解決する』と。彼は約束を完全に守り言った通りのことを実行した。(トランプ氏はアルミに10%の輸入関税をかけた)彼は約束を守る男だ」
フードック氏はトランプ氏が大統領になった後、ホワイトハウスに招待されて関税を確約してくれたことを今でもいい思い出として持っていた。
現場の白人労働者も多くがトランプ支持だった。
「失業率もガソリン価格も住宅価格も全てが今より良かった。生活が楽だったよ。今やスーパーで買い物すると2倍もかかる」(アルミ加工工場の労働者A)
「(トランプは)減税するって言うし…。J・D・バンスも素晴らしい副大統領候補だと思う。トランプが次の4年間、そのあとの8年間を彼が担ってくれたらと思う」(アルミ加工工場の労働者B)
「子どもの学費は雇用が維持されたから出せたようなもの。トランプは雇用を維持した。俺は失業していない。要は仕事があって愛する家族を養えさえすれば満足さ。深くは考えない…」(アルミ加工工場の労働者C)
“愛する家族を養えれば満足”と答えた労働者に松原は聞いた。「夢は何?」
彼は「夢は今叶えてる。朝起きて、給料をもらって、家族を養ってる。家に帰って美味しい食事を作って、愛犬と遊ぶ…。そしてキンキンに冷えたビールを飲む。まさにアメリカンドリームだ。そうだろ?」
「なぜって、その人も同じようにこの国に来たんだから…。その人も移民なのだ」
モネッセンに続いて松原キャスターが訪れたのは、激戦のスイングステートを象徴するもう一つの町ヘーズルトン。モネッセンのカギを握るのが白人労働者であるのに対し、ヘーズルトンのカギを握るのはヒスパニックだ。
ペンシルべニア州の東部ヘーズルトン。松原が訪ねた時は年に一度の祭りの最中。広場に集まった大勢の人、人、人…。中でも目立つのはヒスパニックだ。今やペンシルべニアはヒスパニック系が60%を超える。大統領選でも当然ヒスパニック系の動向が結果を左右する。集まった人たちに率直に「トランプorハリス」と投げかけた。
「トランプよ」(女性)「トランプね」(女性)
「ドナルド・トランプだ」(高齢男性)
20人に聞いたがハリスと言った人は3人。殆どが移民排除を謳ってきたトランプ支持という意外な結果だった。
町を歩くとスペイン語の看板や広告が目に付く。ヒスパニックの多さを物語っていた。町を案内してくれたアロヨさんは35年前にペルーから移民としてやってきた。
スペイン語タウン誌編集者 アミルカ・アロヨ氏(75歳)
「より多くのヒスパニック系がトランプを支持している。それは事実だ」
今年になって民主党員から共和党員に変更する人が増加した。
30年前にドミニカ共和国から移民として渡ってきた女性もトランプ支持の一人だ。
アンジー・チャップマンさん
「ガソリン価格。失業率も(今の政権よりトランプ政権の)あの頃はよかったと思います。政府も上手くやっていたしトランプが国を率いていました」
トランプ氏が民主主義を壊すという意見があることを彼女にぶつけると、こんな答えが返ってきた。
アンジー・チャップマンさん
「(民主主義を壊すのは)社会主義者です。民主党です。トランプはイイですがカマラはダメ。彼女は社会主義者…。だから民主主義を破壊するわ。ベネズエラだってキューバだってそうなったでしょ」
「カマラは社会主義者」どこかで聞いたフレーズだ。さらに多くの人が現在のインフレを引き合いにトランプ時代の方が経済が良かったと話した。
しかし、意外だったのは移民問題だ。犯罪率などから不法移民の取り締まりは徹底すべきだという意見は分かるが、合法的に移民として入国してくることにも反対するヒスパニックも増えてきているというのだ。これには同じヒスパニックの人間としてアロヨ氏は憤る。
スペイン語タウン誌編集者 アミルカ・アロヨ氏
「どうして彼らは同じヒスパニック系の人々(の移民)に反対するのか、これには同意できない。ヒスパニックがそういう話をすると腹が立つ。なぜって、その人も同じようにこの国に来たんだから…。その人も移民なのだ」
ヒスパニックは伝統的に移民に寛容な民主党を支持してきた。だが新たな移民が増えれば職を奪われるかもしれない。さらに多様性を強調する民主党に対し宗教的に受け入れられないヒスパニックも共和党に乗り換えるという。
スペイン語タウン誌編集者 アミルカ・アロヨ氏
「性的指向に関する話題になると非常に保守的になる。彼らはバイセクシャルやレズビアンを受け入れない。それが共和党、特にMAGA共和党を支持する理由の一つになっている。MAGA共和党は極端な右派であり、非常に保守的だ」
慶応義塾大学 渡辺 靖 教授
「日本にいると民主党はマイノリティ、共和党は白人と考えがちだが、マイノリティでも生活が苦しければ現職に対し厳しい。今回もインフレ。もう一つはわりと宗教的に保守的な人たちからすれば、むしろ民主党は行き過ぎているリベラルすぎるということで共和党に共感を持つという風になっている。それからヒスパニック、黒人もそうなんですがトランプ氏の非常にマッチョな振る舞いと、一方では大金持ちというああいう姿にあこがれるという調査結果もあって、必ずしもマイノリティ=民主党ということではなくなっている」
東洋大学 横江公実 教授
「この地域のヒスパニック系は最初からここに移民してきたのではなく、ニューヨークにいた。911でニューヨークの経済がダメになって廃れていて家賃も安いこの町に移り住んできて一気に増えた。それで60%にもなった。だから現実的にどう生きるかが一番大切だった…」
移民としてアメリカに移り住んだ人々が、これ以上自分たちと同じ移民が増えることを望まず、排除するトランプ氏を支持するという現実。自分が地獄から抜け出そうと、天から降りて来た糸にすがりついた主人公が、重さで糸が切れるのを恐れ後続に「来るな」と叫んだ途端、糸が切れる…芥川龍之介の蜘蛛の糸を思い出した。
(BS-TBS『報道1930』9月5日放送より)
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