インターネット環境でリモートワークをしながら世界を旅する「デジタルノマド」たちが、東アジアに熱い視線を向けている。日本と韓国が今年から「デジタルノマドビザ制度」を導入し、東アジアを回遊する拠点候補地として視野に入ってきたからだ。デジタルノマド市場に特化したマーケティング会社「遊行(ゆぎょう)」の大瀬良(おおせら)亮代表(41)に現状と展望を聞いた。【堀山明子】
――東欧ブルガリアのリゾート地、バンスコには今年6月、世界中のデジタルノマド800人が集結しました。代表もそこに参加したそうですね。
◆住民8500人の小さな村とは思えないほど、共有オフィスで働けるコワーキング環境が整っていて、毎年6月、世界最大のノマド祭典が開かれます。今年で5年目ですが、参加人数が毎年増えています。ノマドはシステムエンジニアやプログラマーが多いのですが、働き方の最前線をここに行くと学べます。
そこではノマド向けのツアーや、ノマドにとってコミュニティーとは何か、ノマドとしての生き方は――など多様な議論が繰り広げられています。
デジタルノマドの約7割は欧米出身者と言われているのですが、今年は日本や韓国だけでなく、ベトナムやフィリピンなど、アジア出身の参加者が増えていると感じました。物価の安いアジア諸国は欧米出身のデジタルノマドにも人気で、この市場におけるアジアへの注目が高まっています。
バンスコでは日韓共同ブースを用意してもらって一緒に宣伝しました。
――日本は今年4月から、韓国は今年1月から「デジタルノマドビザ制度」が始まりました。誘致を競い合うのではなく、一緒に?
◆韓国にいる欧米出身のデジタルノマドに聞くと、そのほとんどが、韓国滞在の前後に日本を訪れると答えます。ノマドは3カ月ごとに移動する人が多いのですが、例えば、福岡を拠点に週末には韓国の釜山に行くこともできるわけです。台湾も「ゴールドカード」というノマドビザに似た高度人材受け入れ制度があって、1万人以上が利用しています。
実は、今年はノマドの祭典が8月に台北、9月に釜山、10月に福岡で開催され、ノマドが東アジアを訪問する流れができています。福岡の祭典では、バンスコはじめ世界中のノマドコミュニティーのリーダーが来ます。日韓、台湾にフィリピン、マレーシアを加えたビザトークも準備しています。
――福岡の祭典に行けば、これからノマド生活を始めようか迷っている日本人も入門体験ができますね。
◆参加人数はまだ確定していませんが、日本人と外国人と半々で200人ぐらいと見込まれています。日本にいながらにして、ノマド文化に触れられます。
同時に、ノマドを我が街に呼びたいけれど、どうやったらいいか分からないという関係者にとっても、世界中の有名なコミュニティーリーダーに会える交渉の場にもなりえます。
――デジタルノマドを誘致する側にとってのメリットは何でしょうか。
◆まず、長期滞在するデジタルノマドが使うお金は、観光産業だけでなく、地域の生活圏にも流れます。昨年ノマド祭典を開いた福岡では、訪問者は平均21日滞在しました。1カ月滞在者の平均消費額は約50万円でした。長期滞在者は自炊もするので、地元の野菜も購入します。スポーツジムにも通います。観光消費が増えるとともに、消費の質が変わります。
二つ目に、スタートアップ企業育成に力を入れている地域にとって、デジタルノマドは地方にない情報技術を持っている高度人材なので、新しいビジネス創造のチャンスになります。
三つ目は、デジタルノマドは個人投資家で資産運用をしている人も少なくないので、日本の空き家問題にも関心があります。経済効果を期待するだけではなく、構造的な日本の社会問題に対して、新しい価値を創造するきっかけになるのではと期待しています。
――一般の外国人観光客とはかなり行動パターンが違いますね。
◆サステイナブル(持続可能)な暮らしがキーワードとなる中、デジタルノマドというインバウンドは決して消費者ではなく、生産者です。お金を使ってくれる人ではなくて、地域に新しい種を落とし、苗をつくってくれる人。そういう感覚が大切だと思います。
デジタルノマドに「なぜ働きながら移動するのか」と聞くと、「学び続けたい」という答えが返ってきます。場所を変えて暮らすことで、自分が楽しく、新しいことを学び、そこでビジネスチャンスが生まれる。三方よし。これがデジタルノマドの生き方です。
――日本のデジタルノマドビザ制度の課題は。
◆日本デジタルノマド協会では、訪日したデジタルノマドのために情報掲示板を無料で運営しているのですが、その情報を見ると、ビザ申請にはまだ大きな課題があるようで、取得が進んでいるとは言えません。
ビザを得ても在留カードはもらえないから不動産の賃貸契約ができない、滞在期間中の資格外の就労は基本的に認められないので、メリットがまだまだ少ない。また、個人収入1000万円以上という要件もハードルになっています。デジタルノマドは個人事業主が多く、会社の売り上げが大きくても個人の年収は少ない傾向にあります。
デジタルノマドは英語で渡り歩いているので言葉の壁もあります。ただ、いきなり地元住民と英語で話すことが求められているわけでもありません。まずはデジタルノマドという働き方を権利として認め、パソコンを広げて仕事できる空間、そしてノマド同士が交流できるコミュニティーづくりが大切です。
コミュニティーは運営者次第で居心地の良さが変わります。日本に来るノマドは何を求めているのか、そのニーズを大切にしながら福岡の祭典を企画していきたいと思います。
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