日米の経済団体が大きな懸念を抱いているのが、日本製鉄によるアメリカの名門製鉄会社・USスチールの買収をめぐる審査だ。昨年12月に約2兆円という巨額を投じて買収を発表し、USスチールを完全子会社化に乗り出すも、アメリカの鉄鋼労組が反対を表明。さらに、大統領選を争うトランプ前大統領が阻止を表明すると、現職のバイデン大統領も否定的な声明を出し、同じく大統領選に出るハリス副大統領も否定的な考えを示した。
【映像】USスチールの従業員「買収?いいと思うよ」
対米外国投資委員会(CFIUS)が承認しなければ、バイデン大統領から中止命令が出され、買収は不成立に。買収されなければ、120年以上の歴史を持つ名門企業の存続が危ぶまれる中、なぜここまで阻止され、日本製鉄が嫌われるのか。『ABEMA Prime』でその理由を紐解いた。
■USスチールの歴史と日本製鉄の買収計画
USスチールは1901年に鉄鋼王と呼ばれたカーネギーの会社を含め、複数の企業が合併して誕生した。生産量はアメリカ2位(世界24位)で、第二次世界大戦前までは空前の繁栄期を迎えた名門中の名門だ。しかし1970年ごろから徐々に衰退を始めると、ここ数年は赤字続きの経営不振に。ここで買収に乗り出したのが日本製鉄で、両者間では順調に買収へと交渉が進んでいたものの“外野”からストップがかかった状況だ。
世界の製鉄業について取材している日本経済新聞社の上阪欣史氏は「CFIUSは、この買収でアメリカの国益を損ねないかどうかを審査する。この審査に基づいて大統領に助言、最終的に大統領が判断することになる。ずっと議論を続けている段階だが、1回取り下げると再び挑戦できなくなるため、簡単には取り下げない」と現況を解説した。
■日本製鉄の戦略と買収の意義は
日本製鉄にしても、今回の買収は是が非でもまとめたい。「日本の鉄鋼需要は縮小均衡に陥っているので、日本製鉄としても海外に活路を見出すしかなく、今猛然と海外投資を進めている。アメリカは今、保護貿易主義を掲げていて、国内の鉄鋼産業を守るために海外からの安い鋼材が流れ込むのを、防いでいる。例えば中国で安い鋼材があっても、関税を高くして跳ね返し、USスチールを守っている。日本製鉄も例外ではなく、安い鋼材は保護貿易で跳ね返される。それなら現地の企業買収をしようとしたところ、千載一遇のチャンスとしてUSスチールの身売り話が出てきた。これはもう願ったり叶ったり。相当な規模にはなるが、日本製鉄も即断即決で買収を決断した」。輸出として売り込むのではなく、アメリカの“内側”に入ってしまえば状況は激変し、国内で非常に高い値段で鉄鋼製品が売れることになる。
■CFIUSの懸念と反対理由とは
ところが、ここでCFIUSが反対の姿勢を示してきた。理由は大きく2つだ。かつて日本製鉄は、鋼材をアメリカに輸出する際に、アメリカ政府に対して保護貿易をなくすように訴えた過去がある。上阪氏は「アメリカからすれば、そんなことを言う日本製鉄は信用できない。日本製鉄が自由貿易を推進して、アメリカの産業を破壊するんじゃないかと懸念している」とした。さらにもう1点は、「USスチールが非常に衰退している企業で、日本製鉄が自分たちのものにしても投資せず、むしろ成長しているインドに技術や生産設備を持っていくのでは、ということも懸念している」という。
それでも日本製鉄は、約2兆円という巨額の買収額に加えて、追加投資についても検討しているという。「むしろ1800億円以上、さらに投資を進めると言っているし、雇用はちゃんと維持、待遇改善も進め、リストラもしないと明言している。鉄を作る高炉も新しくリフレッシュして、生産効率の悪いものから利益が出るものに改修するし、製鉄機械についても投資する。USスチールの価格競争力を取り戻すと従業員にも説明しているので、USスチールの経営陣もこれに賛同しているのでウィン・ウィンなはずだ」と述べた。
■USスチール買収に大統領選がなぜ絡む?
ここで引っかかってきたのが、トランプ氏とハリス氏が激戦を繰り広げる大統領選だ。労働者票は、総裁選の行方を大きく左右する。買収に反対することで「アメリカを守る、労働者を守るというメッセージを発すれば、やはり労働者としては投票したくなる。経済合理性は置いておいて、心理的に自分たちを守ってくれる大統領に票を入れたいという心境があるのでは」と分析した。また国際政治学者の前島和弘氏も「労働者票というのは、(USスチールがある)ペンシルバニアだけじゃなくて、ミシガンやウィスコンシンでも、何かニュースに共鳴する。『俺たちを守ってくれるんだ』というのは大きい」とした。
では、11月5日の大統領選が終われば、風向きが変わるのか。この考えに前嶋氏は否定的だ。「大統領選で終わるのかという問題がある。大統領選に向けてこれだけ言ってしまったので」。仮にどちらかが大統領に選ばれた後、前言撤回しようものなら、敗れた候補側から猛烈な指摘を受けるのは明らかだ。日本製鉄の副社長には、アメリカの国務長官を務めたことがあるポンペオ氏がいるが、今回の買収劇の仲裁役として機能するかは未知数だ。
■買収が認められなかった場合、USスチールの運命は
もし買収が認められなかった場合、USスチールの未来は暗い。上阪氏は「買収が成立しなければ、もう本社を移転して製鉄所を閉鎖すると言っている」という。「アメリカにはクリフスという鉄鋼会社があり、USスチールを買収しようとしたが、日本製鉄に負けて取り下げた。仮にクリフスが買収すると、鉄鋼メーカーが1社だけになり、独占的な地位を築いてしまう。すると自動車メーカーや鉄をたくさん使うところは、非常に高い価格で買わざるを得なくなり、これがアメリカの産業全体にとって利益になるのかは疑問。アメリカにも独禁法があり、簡単にクリフスによる買収は認められない」と述べた。ここから先も、大統領選に巻き込まれた形のUSスチール買収がどちらに向かっていくのかが注目されるところだ。
(『ABEMA Prime』より)
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