バイデン米政権が日本製鉄によるUSスチール買収計画を阻止する見通しとなった。「国家安全保障上の懸念」が表向きの理由になるとみられるが、同盟関係にある日米両国の企業合併に何の問題があるか合理的な説明は難しい。激しいグローバル競争の勝ち残りを目指す日米企業が、11月に大統領選を控えた米国の政治に翻弄(ほんろう)される展開になった。
「『USスチールが米企業であり続けるべきだ』というのが大統領の望みだ。対米外国投資委員会(CFIUS)が現在審査を進めており、彼らは勧告を出すだろう」
米ホワイトハウスのジャンピエール報道官は4日の記者会見でこう述べ、CFIUSが近くバイデン大統領に「買収には問題がある」といった審査結果を伝えるとの見通しを示した。
CFIUSは外国企業による米企業買収に国家安全保障上の問題がないかを審査する機関だ。日本製鉄によるUSスチール買収計画が発表された直後から、ホワイトハウス高官はCFIUSによる審査対象になるとの見解を示していた。
そもそも日米両国は緊密な同盟関係にあり、覇権主義的な中国などに対抗して半導体など重要物資の供給網(サプライチェーン)構築で協力する仲だ。4月の日米首脳会談でもバイデン氏と岸田文雄首相は強固な日米関係を確認しており、買収計画は「安全保障上の問題があるとは思えない。むしろ経済安全保障の強化につながる」(米アナリスト)との指摘が出ていた。
それにもかかわらずバイデン政権が買収に否定的なのは、11月の大統領選を控えて支持基盤の全米鉄鋼労働組合(USW)に配慮せざるを得ないためだ。鉄鋼産業が集積する米東部ペンシルベニア州は大統領選の結果を左右する「激戦州」の一つで、USWの支援が欠かせない。
USスチールは米製造業を代表する名門企業であり、USWは海外企業による買収に一貫して反対の立場を取っている。日本製鉄は買収後の雇用維持などを約束して理解を取り付けようとしたが、USWの強硬姿勢は変わらなかった。
バイデン氏は今年3月、買収に反対する考えを示唆する声明を発表していた。USWの態度が変わらない中、バイデン氏の後継候補として大統領選に臨むハリス副大統領も、9月2日の演説で初めて反対姿勢を示した。
USスチール側は、ハリス氏の発言を契機に強まった買収阻止の流れを反転させようと躍起だ。
4日には「買収がなくなれば、USスチールは数千人もの組合員の雇用を危険にさらし、地域社会に悪影響を及ぼすことになる」との声明を発表。買収が破談となれば、ペンシルベニア州ピッツバーグから本社を移転する可能性まで示唆した。
デビッド・ブリット最高経営責任者(CEO)も声明で「政治指導者たちに、この取引が失敗した場合の避けられない結果を認識してほしい」と訴えた。
だが、ペンシルベニア州で共和党候補のトランプ前大統領との競り合いが続く中、ハリス氏陣営がこの問題を玉虫色のままにしておくわけにはいかない。「間違いなく経済合理性がある」(買収交渉筋)との見方が多く、経営不振に陥るUSスチールの株価を押し上げた買収計画だったが、米国の政治事情に振り回された揚げ句、暗礁に乗り上げることになりそうだ。【ワシントン大久保渉】
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