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イラン訪問中のハマス最高指導者イスマイル・ハニヤ氏が暗殺され、イランはイスラエルへの報復を宣言した。近く攻撃に踏み切るとの見方が強まり、戦火の拡大が懸念されているが、同時に、イランが深刻なジレンマに陥っていると専門家は指摘する。

1)ハニヤ氏の暗殺が引き金に… イラン報復攻撃の現実味

暗殺されたハニヤ氏は2006年にパレスチナ自治政府の首相に任命され、2017年にハマスのトップに就任。直近では、イスラエルとの停戦交渉で窓口役を務めていた。

7月30日イランの首都テヘランを訪れ、最高指導者のハメネイ師や新大統領と会談した後、翌日未明に滞在していた軍のゲストハウスで殺害されたとされている。

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新大統領就任式典に国外から招いた同盟組織の賓客を自国の首都で殺害されたイラン。最高指導者のハメネイ師は、「イランの領土で起きた、この苦難の事件において、ハニヤ氏の血で報いることが我々の義務である」と述べ、イスラエルへの報復を宣言した。

イランを中心に中東地域の安全保障を研究している田中浩一郎氏(慶応義塾大学教授)は、イスラエルによって、イランは行動を起こさざるを得ない状況に追い込まれたと分析をする。

今年4月にイランとイスラエルがミサイル攻撃の応酬をした.が、その際、引き金になったのは、シリアのダマスカスで、イランの在外公館である大使館の付属施設が攻撃を受け、イランの軍幹部が多数命を落としたことだった。今回は国外から招いた賓客を自国の首都で殺害されており、イランとしては、何もしないままでは済まされない状況だ。行動をしないという選択肢も全くないわけではないが、色々な兆候を見ている限り、行動に向けての準備を積極的に行っているように見える。

杉山晋輔氏(元駐米大使)は、ハニヤ氏暗殺がもたらす影響を以下のように語った。

ハマスのリーダーの一人であるハニヤ氏について、イスラエルは常々、命を狙うと言っていたが、暗殺された場所が非常に問題だ。これまでアラブ諸国VSイスラエルという対立だったのが、4月の攻撃そして今回と事態が続いた。イランがアラブについて、イスラエルVSペルシャとアラブという全中東の対立、武力衝突になると大変なことだと、皆、思っている。

こうした事態を受け、アメリカも動き出した。オースティン国防長官は8月2日、イスラエルを防衛するため、弾道ミサイル防衛能力を持つ巡洋艦と駆逐艦の派遣を命じた。戦闘機部隊を追加派遣するほか、空母打撃軍も中東地域に配備している。

杉山晋輔氏(元駐米大使)は、空母打撃軍の派遣について以下のように分析した。

間違いなくアメリカは、武力衝突の拡大を望んでいない。アメリカは、ハマスとの戦闘が起こってからすでに2つの空母打撃群を派遣しており、今回は、新しい空母打撃軍と交代させるとしている。空母打撃群は1万人規模の軍事基地が海上にあるのと同じで、いかなる場合にも対応できるようにという意図だが、本音は武力衝突の拡大を望まず、先手を打ったということだろう。

末延吉正氏(元テレビ朝日政治部長)は、報復攻撃を仕掛けるにあたり、イランは、イスラエル国内での足元が揺らぐネタニヤフ政権がどう反応するかを見誤らないことが重要と指摘した。田中浩一郎氏(慶応義塾大学教授)も、イランは難しい判断を迫られていると、以下のように分析した。

イランとしては、何もしないわけにはいかないが、アメリカがイランに直接攻撃を仕掛けてくるような事態に至るのは戦略的失敗で、当然避けたい。どの程度の攻撃をイスラエル側が看過できないものとして受け止めるのか、イランは相手の考え方を読みながら、計算しなくてはいけない状況だ。対応を誤ればネタニヤフ政権の術中にはまる事態にもなりかねない。

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2)報復攻撃は差し迫っているのか 親イラン勢力を巻き込み同時攻撃の恐れも

2)報復攻撃は差し迫っているのか 親イラン勢力を巻き込み同時攻撃の恐れも

ニューヨークタイムズは、イランの政府関係者の話として、最高指導者ハメネイ師が緊急の会合でイスラエルを攻撃するよう命令したと報じた。

報復の時期は非常に差し迫っているとされ、CNNによれば、アメリカ当局者は予想されるイランの攻撃は数日中に発生する可能性があり、アメリカはそれがどのように実行されるか兆候を注意深く観察している、と述べたという。

田中浩一郎氏(慶応義塾大学教授)は、報復の烈度は4月の攻撃時を上回ると予測する。

イランが4月にイスラエルを攻撃したときは、抑制のきいた対応で事態の拡大を防いだ。被害にあったのは自国であり、自分たちの一存で、どこまで報復するか、決めたと言える。
しかし今回、犠牲になったのは同盟組織から招いた賓客であり、彼らに代わって報復しないといけない状況だ。さらに、4月の衝突時の攻撃では、双方が抑止力を確認しあった格好だったが、今回の件で、イスラエルに対するイランの抑止力が効いていないことになる。イランとしては、より強力な攻撃で牽制をかけなければ、抑止力を回復できない状況に追い込まれた。

アメリカの戦争研究所は1日、「レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派、イラクとシリアではイランが支援する民兵が、イスラエルの防空網に負担をかけるために、ドローンとミサイルによる複合攻撃を同時に仕掛ける可能性がある。そうなれば、イランは、より近くからイスラエルを攻撃することが可能になる」としている。

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3)軍事衝突回避の鍵になるものは?「重要なのが外交努力」

3)軍事衝突回避の鍵になるものは?「重要なのが外交努力」

イスラエルによる攻撃はハマスに対してだけではない。ハニヤ氏暗殺の前日の7月30日、イスラエル軍はレバノンの首都ベイルートの住宅街を空爆。その空爆でレバノンに拠点を置く親イラン武装組織ヒズボラの司令官を殺害したと発表した。攻撃の理由は、7月27日、ヒズボラによるゴラン高原へのロケット弾攻撃で、子どもなど12人が死亡したことへの報復だとしている。

戦火の拡大が同時進行で懸念される中、杉山晋輔氏(元駐米大使)は、外交の重要性を強調した。

イスラエルもイランも、そしてアメリカも、全面的な対決は望んでいない。しかし、誰も望んでいなくとも、ちょっとしたことで止まらなくなり、全面的な戦争に突入してしまうことがあることは歴史が示している。大きな戦争は、合理的な計算が破綻したときに生まれる。全面的な武力衝突は何としても避けなくてはならない。
そのために今、最も重要なのが外交努力だ。過度な自信を持つのは良くないが、日本自身が冷静な外交努力をすることは大事だ。日本はイランとも伝統的な友好関係があり、イスラエルとの関係もいい。さらにはアメリカが唯一の同盟国でもある。イランと直接外交関係がないアメリカに代わって、日本が果たせる役割があるとすれば、それを一生懸命やっていくことが極めて重要と思う。

さらに末延吉正氏(元テレビ朝日政治部長)は、2019年、ホルムズ海峡の緊張が高まる中で、安倍総理(当時)がイランを訪問したことを取り上げ、今回も外交の役割が改めて重要になると指摘し、以下のように述べた。

11月のアメリカ大統領選がいま大混戦の中にあり、世界各国はその趨勢を見ながら中東やウクライナの状況に対応することを求められている。日本も9月に自民党総裁選を控えているが、国内だけではなく、国際情勢の大きなうねりを踏まえながら動いていくことが重要だ。一見まどろっこしく見えるが、外交の様々なパイプを動かしながらネットワークを強くしていく必要がある。イスラエルともイランともパイプのある国として、どう動いていくか。日本の在り方と行動力が問われている。

<出演者プロフィール>

杉山晋輔(元駐米大使。外務省入省後に審議官、事務次官などの要職を歴任。トランプ政権や米議会の要人と緊密関係を構築)

田中浩一郎(慶応義塾大学教授。在イラン日本大使館で専門調査員。国連政務官を経験。イランを中心に、中東地域の安全保障などを研究)

末延吉正(元テレビ朝日政治部長。ジャーナリスト。永田町や霞が関に独自の情報網を持つ。湾岸戦争などで各国を取材し、国際問題に精通)

(「BS朝日 日曜スクープ」2024年8月4日放送分より)

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