今でこそ「不倶戴天(ふぐたいてん)」の敵同士のように語られるイランとイスラエルだが、歴史的に見ればそう単純ではない。イランではユダヤ教徒がイスラム教徒と共存し、イスラエルにもイラン出身者が多数いる。草の根レベルでの交流をひもといた2012年3月のルポ「三日月とダビデの星」を再掲載する(年齢や肩書は当時)。
イスラエル・エルサレムのグレート・シナゴーグ(ユダヤ教礼拝堂)。3月8日夜、約200人が集い、恒例のプリム祭を祝っていた。ハイライトでラビ(導師)が、祭りの由来である聖書物語を朗読する。紀元前5世紀、古代ペルシャ(イラン)王国の大臣ハマンが、領内のユダヤ人を滅ぼそうと謀るが、ユダヤ人の王妃がそれを阻止する話だ。ハマンの名前が読まれるたびに参列者は抗議の意を込め特製のおもちゃを「ガラガラガラ」と鳴らした。
参列した弁護士ザッリ・ジャッフェさん(58)は言う。「ハマンはアフマディネジャド(イラン大統領)と似ている。悲劇を繰り返さないために歴史を忘れてはいけない」。イスラエル世論がイラン核武装に反対し、自ら防衛する姿勢を求める背景に、こうした考えがある。
ユダヤ人は、ナチス・ドイツに大虐殺されたホロコースト以外にも古代からたびたび迫害に遭ってきた。古代ギリシャ、ローマ、エジプトなどによる迫害の「記憶」を祭事で伝える。プリムもその一つ。
イスラエルのネタニヤフ首相はプリム直前の5日、オバマ米大統領とイランの核問題を協議した際、この物語の本を渡した。これに込めたメッセージは明らかだ。
イスラエル放送(ラジオ)は毎晩、イラン向けにペルシャ語でニュースを放送している。イラン在住者からも第三国の交換機経由で電話を受け、生放送する。2月末、「イラン議会選」をテーマに声を募ると、「投票しない。結果は操作されている」などと、イラン政権を批判する声が多数寄せられた。
番組ホストのメナシェ・アミルさん(72)はイラン生まれのユダヤ人。20歳でイスラエルへ移住した。1979年のイスラム革命以後のイラン政治体制について「人をだましている」と厳しい。一方、イラン紙は、「アミル氏は、モサド(イスラエルの諜報(ちょうほう)機関)の情報活動をしている」と酷評する。
だがアミルさんは「二つの国を父と母のように愛している」と話し、イラン現政権と祖国イランを分けて考える。職場には、紀元前6世紀にペルシャ帝国を建国したキュロス大王のポスターを張っている。大王は、バビロニアに捕らわれていたユダヤ人を解放した王である。
アミルさんによると、両国関係は時代とともに変化してきた。イスラム革命以前、イランのパーレビ王朝は親米・近代的世俗主義の政策を遂行。イスラエルと友好関係にあり、ミサイルの共同開発さえ手がけた。ラジオのペルシャ語放送は55年前、イスラエルの生活や科学、歴史を伝える目的で始まった。
イスラエルのベングリオン大のハガイ・ラム教授(中東学)は、国民の対イラン観を「作られたイラノフォビア(イラン恐怖症)だ」と断言する。「民族形成には、自己を定義する他者が必要」。多様な解釈の可能な聖書物語も使い「他者」を作った。長年の敵アラブの大国エジプトと79年に平和条約を結んだ結果、イランが新しい「恐怖」とされた。政府、メディア、国民による共犯だという。
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テヘラン南部の総合病院「サピール病院」の院長室を人が次々と訪れる。「先生、妻を助けてくれてありがとう」。院長はユダヤ教徒のシアマク・モルサデクさん(46)。病院はイラン在住ユダヤ人組織の運営だが、院長は「患者の9割以上はイスラム教徒。患者を信仰で区別しませんよ」と話す。周辺は貧しいイスラム教徒が多く、時に治療費も立て替える。
院長はユダヤ人代表の国会議員で、3月の選挙で再選された。国会(定数290)は少数派保護のため、キリスト教徒やゾロアスター教徒と並びユダヤ教徒にも1議席が確保されている。
イラン・イスラエルの緊張関係は一見、イスラム教とユダヤ教の衝突にも見えるが、イスラエルを除けばイランは中東最大の約2万人のユダヤ教徒が住む。ユダヤ教徒のシナゴーグ(礼拝所)が約50カ所、学校も4校ある。
元電気修理業のユダヤ人、ムーサ・ザカリアイさん(70)は「イスラム教の起源はユダヤ教で、信者同士はいとこのような存在。憎み合う理由はない」と語る。ユダヤ教をさかのぼれば、イラン起源のゾロアスター教に行き着く。
ザカリアイさんは、子供5人のうち3人が米国、妹がイスラエルで暮らし、両国とも訪ねたが、「路上で車が故障した時、誰もが世話を焼いてくれる優しいイランが一番好きだ」。自由がなく少数派を抑圧する「真っ黒なイラン」像を否定し「政治が対立をあおっている」と話す。
一方、イスラエルにはイラン出身者と子孫約20万人が暮らす。カツァブ前大統領(66)やモファズ国会外交・防衛委員長(63)、大物歌手のリタさん(49)はイラン生まれ。リタさんは昨年、ペルシャ語でアルバムを出し話題となった。
最大の商業都市テルアビブ南部に、ミズラヒと呼ばれる中東・アフリカ出身ユダヤ人やアフリカ難民、外国人労働者らの貧困地区がある。女性人権団体「アホティ(私の姉妹)」の拠点だ。3月中旬、最高責任者で芸術家のシュラ・ケシェトさん(51)は電話対応に追われていた。
ケシェトさんの両親はイラン東部マシャド出身で「私の芸術、社会活動はイラン文化に根ざす」。マシャドのユダヤ人社会は19世紀にイスラム教へ改宗させられたが、女性らが結束してひそかに信仰を守った。一方、イスラエルへ移民後に貧困と孤独に苦しむ同郷女性が多く、36年に移住した祖母と母が、専用の老人ホームを創設した。
ケシェトさんの視座は、宗教や民族の違いではなく「抑圧者と被抑圧者」にあり、イスラム教徒のパレスチナ人女性の芸術活動も支援する。自身の活動が「より良いイスラエルと世界を生む」と信じる。【テヘラン鵜塚健、エルサレム花岡洋二】
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