11月の米大統領選に向けた民主党候補に指名されることが確実になったカマラ・ハリス副大統領(59)は、“初めてづくし”のキャリアを重ね、民主党が掲げる「多様性」を象徴する存在として知られる。ハリス氏とはいったいどのような人物なのか。その原点と足跡を振り返る。
原点は両親の市民運動
ハリス氏は1964年、西部カリフォルニア州オークランドで生まれた移民2世だ。
ジャマイカ出身の経済学者である父と、インド出身の乳がん研究者である母を持つ。名前の「カマラ」は、インドの古い言葉であるサンスクリット語で「ハスの花」を意味する。
公民権運動に積極的に関わっていた両親は、ハリス氏をベビーカーに乗せてデモ行進などに連れていき、運動について教えていたという。これが法曹家や政治家になる原点になったようだ。
7歳の時に両親が離婚し、妹とともに母に育てられた。ハリス氏は回顧録などで、さまざまな言語や文化に囲まれた多様性に富んだ環境で育ち、母に強く影響を受けたと明かしている。
2009年に亡くなった母について、ハリス氏は一緒に撮影した写真などをソーシャルメディアに投稿している。父はスタンフォード大で教壇に立ち、現在は名誉教授を務めている。
名門黒人大から検事へ
母親の仕事の関係で12歳からカナダのモントリオールで暮らした後、ハリス氏は首都ワシントンにある全米屈指の「歴史的黒人大学」として知られるハワード大に進んだ。ここで政治への思いを強めたとされる。
ハワード大で学士号を取得し、カリフォルニア大ヘイスティングス法科大学院で学んで弁護士資格を得ると、90年にカリフォルニア州アラメダ郡の地方検事局でキャリアをスタートさせた。
児童への性的暴行事件の捜査や軽犯罪者の再犯を防ぐ更生プログラムに取り組むなど検事として実績を重ねたハリス氏は、サンフランシスコ地方検事を経て、10年には選挙でカリフォルニア州司法長官に選ばれた。黒人としても、女性としても初めての同州の司法長官だった。
司法長官時代には、低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)問題で、住宅を差し押さえられた多くの人たちのために大手金融機関と闘い、巨額の補償を得る和解を勝ち取ったことなどが有名だ。
トランプ政権追及で注目
全米最大の人口を持つカリフォルニア州の司法長官を務める中で、民主党内では若手のホープとして認識されるようになった。
16年の連邦上院選で勝ち、黒人女性として全米で史上2人目の上院議員となると、上院司法委員会などの公聴会でトランプ政権の高官らに厳しい質問を浴びせることで話題となった。
20年の前回大統領選では、民主党の候補指名争いに名乗り出たものの、支持を広げられず、予備選が始まる前に撤退を余儀なくされた。明確な政策目標やメッセージを有権者に伝えられなかったことが響いたほか、陣営内の内輪もめなどもあったと指摘された。
しかし、民主党の大統領候補指名を獲得したジョー・バイデン氏(81)は、多様性を体現するハリス氏を副大統領候補に起用。バイデン政権が誕生した21年1月に、女性、黒人、アジア系のいずれにおいても、初めての副大統領に就任した。
子供たちから「ママラ」
私生活では、白人の弁護士であるダグラス・エムホフ氏(59)と14年に結婚した。エムホフ氏と前妻との間に生まれた2人の子どもの継母だ。「義理の母」と呼ばれるのは好きではないようで、子どもたちは親しみを込めて「ママ」と「カマラ」を合わせた「ママラ」と呼んでいるという。
ハリス氏は両親の影響で、幼少期は黒人教会とヒンズー教の寺院に通っていたという。現在はキリスト教徒を自認しており、夫のエムホフ氏はユダヤ系だ。【ワシントン西田進一郎】
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