大統領経験者としてアメリカ史上初めて刑事裁判の被告人として法廷に立ったトランプ氏。
彼は裁判そのものが“魔女狩り”であり、“ディープステイト(闇の政府)”による迫害だと主張した。そして自分が大統領になったらこのディープステイトを解体すると公約した。
もちろんディープステイトなる団体も実体もない。いわゆる『陰謀論』の類だ。
この陰謀論を選挙公約に持ち出した大統領候補は見当たらないが、陰謀論そのものは世界中でいつの時代にも取り沙汰される。そもそも陰謀論とは何なのか…。何故なくならないのか、人は何故ハマってしまうのか…。その本質に迫った。
「1900年代から陰謀論の首謀者が連邦政府に…」
トランプ氏は“ディープステイト(闇の政府)”と戦えるのは自分だけだと言い、自分が解体しなければアメリカが血の海になるとまで演説した。だがアメリカの宗教・思想に精通する森本あんり氏は言う…。
東京女子大学 森本あんり学長
「私が見るところ、彼(トランプ)が言うディープステイトっていうのは実際にあるわけじゃなく、自分のことを邪魔する奴のことをディープステイトっていうんですよ」
かつて日本の総理が言うことを聞かない人を“抵抗勢力”と呼んだことと同じようなものらしい。トランプ氏の場合はその類かも知れないが、アメリカにおける陰謀論はもっと根深い。何しろ建国以来“国はフリーメイソン・イルミナティが支配している”という陰謀論は一定数信じられてきた。日本でも一時期“世界は三百人委員会が支配している”という陰謀論が流行った。
フィールドワークでアメリカ社会を分析研究する渡辺靖氏は陰謀論の対象が昔と今では変わったという。
慶應義塾大学 渡辺靖教授
「陰謀論の歴史を見ると初期はユダヤ人とか特定の宗教、例えばカトリックとかフリーメイソンとか外国勢力が主に陰謀論の首謀者として扱われてきた。1900年代から性格が変わってきて連邦政府が対象になっていくわけです。1908年にFBIができたとか1913年にはアメリカの中央銀行にあたる連邦準備制度理事会(FRB)ができて連邦政府が所得税を徴収するようになる…」
要するに連邦政府の力がどんどん大きくなり、個人の権利を重視してきたアメリカ人の中に連邦政府によって自分たちの権利が侵されているのではないかという不信が芽生え、それが“連邦政府=陰謀論”となっていったという。
果たして陰謀論にハマるとどうなるのか…。そして何故、人は陰謀論にハマるのか…。
「点と点が繋がり…説明がついた」
番組ではかつて陰謀論にのめりこみ、今ではそこから抜け出したという当事者にインタビューした。彼は2001年同時多発テロの半年後『陰謀論』に接する。“テロはイラクと戦争するための連邦政府による自作自演”というものだった。以来、世の中は大きな組織に支配されていると考えるようになり、多くの人が巻き込まれる事件が起こるたびに“これは陰謀だ”と思うようになったという。
元陰謀論信奉者 アントニオ・ペレスさん(ハワイ在住・45歳)
「(陰謀論に接して)ドーパミンが出てくる感じだったよ。新しいものに出会ったときにワクワクする感覚あるでしょ、そんな感じ…。興奮した。なぜ自分が鬱状態なのか説明がついたんだ。自分の内面の問題ではなく、外の社会のせいだと思うことができた。新しい陰謀論に出会うたびに興奮が強化されていくんだ。点と点が繋がり“そうだったのか”って思うんだ…」
例えばアメリカの1ドル札に描かれる“全てを見通す神の目”。その目はフリーメイソンの象徴の一つとしても使われている。このことから陰謀論信奉者は1ドル札の目がピラミッドの頂上にデザインされていることを、フリーメイソンが頂点にいて全ての糸を引いていると考えるという。
ペレスさんは当時自らを“トゥルーサー(真実を追求する人)”と呼んでいた。
元陰謀論信奉者 アントニオ・ペレスさん(ハワイ在住・45歳)
「陰謀論によって力を得たような気がした。こういう知識を得た自分は特別な存在だってね。ただ同時に犬が自分のしっぽを追いかけるような感じだった。常に真実を探し続け妄想的になっていったんだ…」
そんなペレスさんがある時、バスに乗るといつもと違うルートを走行していた。バスから降りると街には武装した集団が…。ペレスさんは陰謀論にあった“政府の暴走が始まった”と思ったという。ところが…
元陰謀論信奉者 アントニオ・ペレスさん(ハワイ在住・45歳)
「映画のセットだと知った。その時全てがデタラメだと気付くに至る小さな窓が開いたんだ。恥ずかしい気持ちだったよ。(中略)自己陶酔が強い人は自分が無二の存在だと感じることが大好きだ。他の人にはないものを自分が持っているという考えがね。(中略)多くの人が陰謀論を信じる人を正気じゃないと言うが、必ずしもそうじゃない。(トランプは信奉者の心理を利用している)トランプは自分と支持者VSディープステート、我々VS民主党という言い方をする。陰謀論信奉者には漠然とした不安や怒りがあるからトランプのような政治家が“君たちの怒りの原因はあれだ”と指し示してくれるんだ」
ペレスさんはトンネルを抜け出したが、アメリカには信奉者はまだまだいる。ニューヨーク特派員時代、陰謀論の取材を重ねてきた朝日新聞の藤原学思氏はペレス氏のインタビューを聞いて言う。
朝日新聞ロンドン支局 藤原学思 支局長
「典型的な陰謀論信奉者の方だなぁと…。説明がついたとか点と点が繋がったとか…。陰謀論にハマるのは5つあると思うんです。1つは逆張りすることの優越感。周りの人は知らないけれど自分は知っている…。(2つ目は)自分は正しいことをやっているという正義感。(3つ目は)これをやらなきゃならないという使命感。(4つ目は)無力感、孤独感を解き放ってくれる。(最後は)陰謀論のサークルに入ることで高揚感、連帯感のようなものが生まれる…。そこに居心地の良さを感じ、ずるずる…、(彼らのことを)“ウサギの巣穴にハマる”と言いますが、そういうことで抜けられなくなってしまう」
「陰謀論の強み・・・、それは簡単な答えを教えてくれる」
アメリカでは建国以来途絶えることのない陰謀論。実は陰謀論にハマる人は昔よりも情報化社会である現代の方が増える傾向にあるというのは、森本あんり氏だ。
東京女子大学 森本あんり学長
「(インタビューの中の方も“分かった”と言っていたが)人間にとって不条理な状況に陥った自分が何故そうなったのか説明がつくっていうのはとっても大きな魅力なんです。(中略)人は自分の状況に意味付けが欲しい…。伝統的にはそれは宗教がやってきた。それが今、組織宗教が弱体化してますので、それに代わって説明してくれるものが陰謀論だった。他方、現代はSNSなどで誰でも発信できるでしょ。これは平等でフラットな社会になったんですが、逆に言えばそれまで検閲を経てしかるべき人が発言してきたところに誰でも言いたいことが言える社会になった。もう権威もないし…“あの人の言うこと聞いてればいい”っていう人もいない。フラットな社会って自分がどこにいるかわからない。広ーい野原にポツンと一人いる感じ…」
寄る辺ない人がすがるポジションに陰謀論があったのか…。番組のニュース解説、堤氏の捉え方はこうだ。
国際情報誌『フォーサイト』元編集長 堤信輔氏
「陰謀論の強みっていうのがある。それは簡単な答えを教えてくれる。(中略)実際の世の中は難しい説明をしなければならないことがあるけれど、陰謀論は簡単な、人を安心させる答えを与えてくれる。それがアメリカ人の心にフィットしてしまっている…」
(BS-TBS『報道1930』4月18日放送より)
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