一時「戦後最悪」とまで評された日本と韓国の関係は、岸田総理と尹錫悦大統領の間で改善の道に戻った。来年2025年は日韓の国交正常化60年を迎え、これに合わせて両国政府が新たな「日韓パートナーシップ宣言」を策定することも求められている。両国が何に取り組むべきかを追求するための日韓専門家の議論も始まっている。
“混乱の2024年”が終われば「日韓国交正常化60年」
2024年は7月に入った。残るはあと5か月だが、ここに来て世界は大きく動いている。
1回目の投票が終わったフランス総選挙は、極右政党が躍進しマクロン政権に大きな影響を与える可能性がある。7月4日に行われるイギリス総選挙は、保守党から労働党への14年ぶりの政権交代が視野に入ってきた。11月にはアメリカ大統領選挙が控えている。先日のバイデン大統領とトランプ前大統領のテレビ討論会は、高齢のバイデン氏への懸念が改めて印象づけられた。討論会翌日、有力紙ニューヨーク・タイムズは社説でバイデン氏に大統領選からの撤退を求めた。同じ日、トランプ氏は支持者らを前に「国民はバイデンに『お前はクビだ!』と言い渡すだろう」と気勢をあげた。バイデン氏は選挙戦を継続する考えを表明しているが、8月の民主党大会まで去就は注目され続けるだろう。ヨーロッパとアメリカの政治が変化のタイミングを迎える2024年は、後に“混乱の始まり”と位置付けられるかもしれない。
続く2025年は、日本と韓国の国交正常化60年という重要なタイミングとなる。欧米の政治の揺らぎが収まらない可能性がある中、東アジアまで混乱させないためにも日韓関係の安定は求められる。
とはいえ、政治状況の影響で両国関係は浮き沈みが激しいのも事実だ。日本との関係を重視してきたリーダーが一転、逆方向に舵を切るのをソウル特派員時代の2012年に目の当たりにした。当時の李明博大統領による島根県・竹島への上陸、続く「天皇謝罪要求」発言で日本人の韓国に対する感情は一気に悪化したことを覚えている。それまで10年あまり「韓国に親しみを感じる」という人の方が多かったが、以後は首脳が交代しても日韓関係は低調だった。
だが2022年5月の尹錫悦大統領の就任から、両国関係は改善に転じる。尹政権には、前の文在寅政権で「戦後最悪」とまで言われるようになった日韓関係についての危機感があった。アメリカも、この機会に日韓関係を改善すべきと後押しをしていた。
大きかったのは、最大の懸案である徴用工問題をめぐり尹政権が動いたことだ。日本企業による賠償を回避し、韓国政府傘下の財団が賠償を肩代わりするという解決策がはっきり示された。脅威のレベルを高め続ける北朝鮮と、覇権主義に向かうように映る中国と向き合わざるをえない「現実」も、改善の流れの根底にある。アメリカとそれぞれ同盟を結ぶ、一番近い民主主義国家である日韓両国が対立し続けるメリットはない。
尹大統領は「日韓両国はつらい過去を乗り越え、新しい世界に向かって共に進んでいる」と強調している。そんな大統領のことを、韓国政府関係者や日韓政界のパイプ役を務めてきた人物たちは「政治家ではない」と評する。その時々に“反日カード”を切って支持率回復につなげるようなスタンドプレーはしない、という意味だ。「尹大統領のような人はもう出てこない」という日韓問題の専門家もいる。では、両国が未来に進む中で再びコースアウトしないために、何をすべきなのか。
課題は「経済」と「安保」
6月下旬、早稲田大学とソウル大学の共催で日韓の安保・経済・科学技術分野に関する専門家会議が都内で開かれた。日韓国交正常化60年に向け、両国が協力して取り組むテーマについて話し合い、提言をまとめるという。
会議では経済面での連携強化についての意見が目立った。印象的だったのは少子高齢化による「労働力」不足という共通課題のため「労働市場を結合する」という案。韓国の専門家が言及した。同様の提言は「日韓新時代共同研究プロジェクト」の2010年の発表でもみられるが、人や情報、資本が両国で自由に移動すべきというのが基本的な考えだ。
働き手の“需要”はあっても、実際に“供給”される職の間にギャップが生じる「ミスマッチ」は各国に存在する。韓国の場合、大学進学率は約70%と日本より高い。しかし卒業後の進路では大企業・公務員志向が強いものの、待遇面で格差のある中小企業は避ける傾向があるとされる。若者の非正規雇用化が進んでいるという報告もある。
韓国の若者には、日本は労働環境の面で安定しているというイメージがある。言語の問題をクリアすれば日本企業への就職は魅力的に映るだろう。政府機関や自治体、大学での日本への就労支援も続いている。韓国側からは「日韓の人材が競争することで賃金も上がるはずだ」という期待も示された。
互いの国で「スタートアップ企業」への出資を拡大させたい、日韓共同で「スタートアップ株式市場」を設立してはどうか、という意見も出た。生産した“モノ”を互いの市場で売るだけではなく“ヒト” “カネ”の往来をより活発にする狙いだろう。
もちろん安全保障もテーマとなった。これには「経済・食料安保」も含まれる。資源、食料が安定して調達できなければ、国民生活と経済活動はダメージを受ける。原材料の供給が不安定になれば、半導体やバッテリーといった重要物資の製造にも影響が出る。韓国側からは戦争や災害に備えた原材料の調達・供給、資源外交でも連携すべきだという提案があった。日本の専門家からは「輸入に頼る小麦の共同購買、備蓄は可能では」という指摘があった。
北朝鮮をめぐっては、日本の研究者から「ロシアと北朝鮮の間の軍事協力に対応するため、日本と韓国がどのように中国を巻き込めるかが重要だ」という問題提起があった。中国はロシアと北朝鮮の接近について表向き静観する立場だが、外交筋は「中国は内心、これを不快に感じている」と明かす。地域を不安定化させる露朝の接近をエスカレートさせないため、日韓が中国にどう働きかけていくか。「日中韓サミット」が終わって間もないが、中国と向き合う上で両国の連携が一層重要になるのは間違いない。
一方、日本側から自衛隊と韓国軍の間で物品や役務を相互に提供する協定の「準備段階」となるような取り組みが必要ではないか、という指摘もあった。韓国の専門家は「国民が受け入れやすい状況を作るべき」と慎重な言いぶりだった。具体的な協力については「捜索・救難訓練を拡大、発展させるのが現実的だ」という声も聞かれた。韓国の複雑な国民感情がそこにはある。
両国の関係を安定させるもの
先に述べたように、日韓両国の国民感情は時の政治の影響を受けやすい。韓国人研究者は、日本の世論の動向について「アメリカやロシア、中国に対しては一定の傾向があるのに、韓国に対しては感情の振れ幅が大きい」と解説していた。また双方とも、政治に関心を持つ層は相手に良好な感情を抱きにくいが、人や文化、言葉に関心を持つ層は相手に好感を持ちやすいということだった。日韓の関係を考える上では政治だけではなく、むしろそれ以外に興味の対象を広げることが安定のカギなのだろう。
実際、両国はそれを続けてきた。音楽やドラマ、アニメといった双方のコンテンツは、ビジネス面だけでなく関係を下支えする基盤となっている。その上に、政治や経済の実利・協力というブロックを積み増して固定する必要がある。難しい問題があっても、両国は折り合いをつけることができる自信を互いに持てるのかを、国交正常化60年という大事な節目に確認したい。
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