中国四川省・成都市。火鍋大国として知られるこの街で、火鍋油で飛行機を飛ばそうという取り組みが世界の注目を集めている。その現場を訪ねてみた。
火鍋大国・年間30万トンの廃棄油
真っ赤なスープに、大量の唐辛子と山椒。日本でも人気の四川火鍋だ。
火鍋の本場を歩くと、平日の昼間にもかかわらず、ところかしこで人々が火鍋を囲む姿を見ることができ、街はどことなく火鍋の香りが漂う。
成都市民にとって火鍋とは「一日食べないと、身体の調子が悪くなる」ものらしく、「火鍋は主食」と豪語する人がいるほど、まさに地元のソウルフード。日本全国のラーメン店がおよそ2万5千軒であるのに対し、火鍋店は成都だけで2万軒以上あるらしい。
四川火鍋の特徴は1つの鍋に2キロという大量の油を入れること。その結果、人気店では年間におよそ100トン、四川省全体で30万トン以上の廃棄油がでるそうで、この使い道が長年の課題となってきた。
世界が注目する四川省成都市の地元中小企業
この火鍋などから出る廃棄油の7割の回収を一手に引き受ける企業、四川金尚環保科技会社が今、世界の注目を集めている。火鍋油を使ったSAF(持続可能な航空燃料)生産に来年から本格参入するためだ。
世界から注目されている、というので、さぞかし巨大な国営企業なのだろうと思っていたが、実際訪れてみると社員150名の中小企業だった。
その創業社長・葉彬さんに話を聞いた。
葉社長は2005年にこの会社の前身となる会社を創業。大学で学んだ畜産学を活かし、食品廃棄油を家畜の飼料用油に処理する事業をスタートした。しかし2012年、中国政府が食品廃棄油を直接飼料用油にすることを規制したことから事業は低迷。
そのため2017年、食品廃棄油をバイオマスエネルギーに転用する会社を新たに興し、バイオマス混合油やバイオディーゼルの生産を行ってきた。
中国ではいまだに石炭を使って生活を送る人がいて、CO2や有毒ガスの排出など環境への負荷が課題となっている。そこで葉社長は石炭に替わるものとして火鍋油を再利用したバイオマス混合油という、石炭と同程度の価格で、しかも環境にやさしいエネルギーを供給する事業を展開した。
そして、2018年、転機が訪れる。
火鍋で飛行機を飛ばせ! SAF事業のスタート
「火鍋油がSAFになるとは全く考えていませんでした。2018年に航空分野におけるCO2排出削減のシンポジウムに出席し、そこで初めてSAFに着目したのです」
廃棄油や植物などを原料とするSAF(Sustainable Aviation Fuel=持続可能な航空燃料)は、既存の燃料に比べ、CO2の排出量を8割ほどを減らせるため「脱炭素の切り札」とも言われる。日本でも2030年までに航空燃料の10%をSAFに代替する目標が設定されるなど、各国がその導入を競い合っている。中国でも6月、国営放送が国産のSAFを使った中国国産機の飛行実験の成功を伝えるなど、国をあげて力を入れている分野だ。
四川金尚環保科技会社は、今はSAFの原料となる廃棄油をSAF先進国である欧米などに輸出する事業を行っているが、来年、SAF専用工場を建設し、廃棄油の調達からSAFの生産までを行う事業に本格参入する予定だ。
この挑戦について葉社長は
「世界には欧米など私たちよりも技術レベルの高い会社がたくさんあり、世界水準には到底及びません。まずは中国の西部の一位を目指すレベルです」
とあくまで謙虚。しかし、この会社ならではの強みがあるという。それは。
「私たち四川人は火鍋をたくさん食べるでしょう。だから私たちには原料調達の点で大きな強みがあるのです」
実はSAFを作るうえで一番の難題は原料となる「廃棄油の確保」。
四川金尚環保科技会社は現在も2000軒の火鍋店から、毎日300〜400トンあまりの油を回収している。それをSAFの原料にすることができれば…。年間30万トン以上の食品廃棄油を排出する四川省にある企業だからこそ、今後のSAF事業拡大に向けた大きな優位性があるのだという。まさに火鍋大国四川ならではの強みだ。
SAFの課題、そして社長の夢とは
四川金尚環保科技会社には既に日本の航空会社や商社などからも問い合わせが相次ぎ、SAFの調達先としての注目度が高まっているという。
ただ、課題はその価格。SAFは既存の燃料の2倍~3倍というその「価格の高さ」が普及のネックになっている。これについて葉社長は。
「価格が高いという現状は一つのプロセスに過ぎません。世界でSAFを推し進める方針が明確になったいま、世界中の企業がSAFの価格低下に向けて努力することで、いずれ解決される問題でしょう」
と、自信を見せた。
2030年までに年間40万トン生産、という目標を掲げる葉社長。その後は四川だけではなく、新たな地域への生産拠点拡大も視野に入れているという。
「将来、世界中の観光客が私たちのSAFを使った飛行機で四川省に火鍋を食べにきたり、パンダを見に来る。そんな未来を描いています」
地元で愛されてきた火鍋。その油が世界の飛行機を飛ばす日がくるのだろうか。
取材後記
中国の食用廃棄油といえば「地溝油(地下油)」が思い浮かぶ人も多いのではないだろうか。2010年代はじめ、排水溝に流された使用済みの油を一部のレストランが調理に再利用していることが発覚し、大きな社会問題となった。
しかし、ここ10年あまりの中国の環境意識の高まりはすさまじい。今や14億人の食事から生まれる廃棄油を再利用する事業で、世界の注目を集める企業が生まれるまでになった。火鍋を愛する四川人の社長ならではの「火鍋油で飛行機を飛ばす」事業の発展から今後も目が離せない。
JNN北京支局 室谷陽太
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