米ニューヨーク州のホークル知事が、ニューヨーク市で今月末から始まる予定だった「渋滞税」の導入を無期限に延期すると表明した。交通量を減らして大気環境の改善を目指す「全米初」の試みはなぜ土壇場で覆されたのか。
ニューヨークの渋滞税は、ウォール街やタイムズスクエアを含むマンハッタンの一部地域に乗り入れる車を対象に、普通車で15ドル(約2355円)を徴収する計画だった。収入として見込まれる年10億ドル(1570億円)は、老朽化した公共交通のインフラ改善にあてられる予定となっていた。
「勤勉な中産階級の家計を破綻させる可能性がある」。ホークル氏は導入見送りを表明した今月5日の声明で、新型コロナウイルス流行後の景気回復の途中であることやインフレ(物価高)を主な理由に挙げた。一方で、ホークル氏はその2週間前にアイルランドで行われた国際会議の演説で、渋滞税がもたらす効果を大々的に宣伝していた。
地元メディアは、決断の裏には選挙対策があると指摘する。
渋滞税は党派を問わず人気がない。今年4月に発表された米シエナ大の世論調査では、州全体で有権者の63%が渋滞税に反対していた。11月の大統領選と同時に行われる連邦下院選で勝敗の鍵を握る郊外の有権者では、反対は72%に上る。
ニューヨーク州はホークル氏も所属する民主党が優勢だが、前回22年の連邦下院選では共和党に4選挙区を奪取されるなど大苦戦。下院で民主党が主導権を失う一因を作った。政治メディア「ポリティコ」は、ホークル氏は渋滞税をめぐって、選挙への影響を懸念する下院民主党トップのジェフリーズ院内総務と協議を重ねていたと伝えている。
困惑しているのは、ニューヨークで地下鉄やバスを運営する都市圏交通公社(MTA)だ。150億ドル規模のインフラ改善にあてる予定だった年10億ドルの予算にぽっかりと穴が開いた。MTAは既に4億ドルをかけてナンバープレートの読み取りカメラなどの整備を終えていたが、実際に使われるかどうかもわからない。
MTAのリーバー会長は10日の記者会見で、知事の決断を知ったのは発表前日だったと明かし、インフラ改善計画の「縮小」を示唆。地元メディアは地下鉄のバリアフリー化や電気バス導入など計画の一部は見送られる公算が大きいと報じる。
ニューヨークで渋滞税をめぐる議論は数十年続いてきた。2007年に当時のブルームバーグ市長の提案で導入に向けた議論が本格化し、19年に州議会で可決された。海外では英国のロンドンやスウェーデンのストックホルムなどで導入され、ぜんそくの発症率が低下するなど健康面でもメリットがもたらされることが研究で示されている。【ニューヨーク八田浩輔】
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