一橋大学の秋山信将教授=2024年5月、米村耕一撮影

 ロシアや北朝鮮が核兵器を使った脅しをためらわず、中国も急ピッチに核戦力増強を進める今、核兵器が使われる事態を防ぐためにはどうすればいいのか改めて真剣に考える時期を迎えている。この問題にどう向き合うべきなのか、核軍縮と軍備管理に詳しい一橋大学の秋山信将教授に話を聞いた。【聞き手・米村耕一】

 核兵器が実際に使われる可能性が高くなくても、核兵器が使用されるかもしれないという意識は、各国の行動の選択の幅を狭める。そうした、いわば「核の影」は、ロシアによるウクライナ侵攻とその後の核を巡る言動によって、はっきりと可視化されるようになった。特にロシア側の戦況が悪化したときには多くの専門家が懸念を強めた。ロシアが勝つためではなく、追い込まれて負けないために核を使う可能性が生じたからだ。

「核の忘却」時代の終わり

 冷戦終結後しばらく、米露など核大国間の関係が安定したことで、核兵器の問題は、いったん国際政治の後景へと遠のき、「核の忘却」の状態が生まれた。しかし、米中や米露など大国間の対立が高まり、地域の緊張の中で核兵器の存在感が増してきた今の局面では、「核の影」はくっきりと姿を現し始めた。

NPT再検討会議の第1委員会(核軍縮)=米ニューヨークの国連本部で2022年8月18日、隅俊之撮影

 東アジアでは中国、そして北朝鮮の「核の影」が日増しに濃さを増している。中国は核の先行不使用を宣言しているが、安保関係者の多くが額面通りに受け取っていない。台湾有事で米中が衝突する事態となった場合に中国は、米国に協力する日本を米国と一体だとみなし核攻撃の対象とするかもしれない。日本が自分たちに核を使われる可能性を意識すれば、日米同盟の「デカップリング(切り離し)」につながる心理的な影響を受ける。

 また北朝鮮が韓国への使用を念頭に置いた戦術核をアピールし、それによって韓国で核武装論が高まるのも同様だ。核の存在が安全保障環境に加えて政治的な関係も支配する状況が、すでに生まれている。

状況を改善するためには

 状況を改善する一つの方法は核の役割と存在感を限定することだ。歴史的に見れば、そのために米露間で核兵器の種類や数量を制限する軍備管理が行われてきた。しかし、中国やロシアは今、対米抑止力を高めるために、軍備管理は自分たちにとって不必要だと考えている。米国との間での相互不信も強い。この問題で対話に応じるのは、自分たちの戦力が整ったという安心感を持ったとき、あるいは軍拡競争をこのまま継続することが難しいと考えたときだろう。

歓迎式典で、中国の習近平国家主席(左)と握手を交わすロシアのプーチン大統領=中国・北京で2024年5月16日、ロイター

 残念だが当面、日本は抑止力を高めながら同時に対話を模索するほかない。抑止力によって対抗しつつ、核を使う可能性を低下させる政治的環境を作っていく。対立は容易に解消できないが、最悪のリスクは共に管理するということを、核保有国、非保有国にこだわらず関係各国の共通の理解にしていく必要がある。

 この信頼醸成の土台が広がっていけば、どこかの時点で軍縮への環境が整備され、軍縮へと流れが変わる機会ができるのではないかと考えている。忍耐強い取り組みが必要だ。

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